9月15日(月) 5日目  幌加温泉⇒芽登⇒⇒石北峠⇒三国峠⇒然別⇒狩勝⇒苫小牧東港⇒フェリー(泊)
































 北海道5日目の朝は爽やかな天気で明けた。台風の影響は完全に無くなったようで、風も無く台風一過の青空が広がっていて西の空には月も出ている。北海道最終日は雨に当る心配は無さそうである。

 6時前に温泉に行くと親父さんが居た。親父さんは毎日この時間に温泉に入りながらお風呂場の掃除や手入れをするのが日課になっているようで、以前にも一緒になった事があった。

 親父さんと温泉の話を聞いたりして温泉に入っていると、窓から差し込む朝の日差しが目に爽やかで温泉の心地良さと相まって、思わず「極楽、極楽!」と口走ってしまいそうな至福のひと時を過ごす。

 温泉から上がって玄関に行くと、紅葉し始めた木々をバックに3台のバイクが静かに佇んでいるのがガラス越しに見える。バイク達にも後一日頑張ってもらわないといけない。部屋に戻ってカメラとTZRのキーを取って来て、TZRに2サイクルオイルを補給する。

 北海道には2サイクルオイルを1リットル×2本と予備0.5L×1本持って来ていたが、今日でその2リットルが丁度全部オイルタンクに入った。ここで満タンにしたら秋田までは持つだろう。これまで1,500km近く走っていたから、オイル燃費はリッター750km前後の燃費である。


 このTZRは以前北海道で焼付いた経験を持っていたため、今回はオイルに神経を使って事前に色々テストを重ねて来た。最初は焼付きが心配で供給量が多目のポンプを使用していたが、1リッターで500km位しか走らないのと、煙が多く出て後ろの皆様に不評であったため、今回供給量が少ない物に交換して北海道に臨んだ。

 オイル量を減らした分グレードの高いVistra Synthetic 2T−R (0.5L 1,800円)のレース用オイルを使用して焼き付き対策を行ったが、ここまで走って焼付きに関しては何も問題も起きていない。FUNKY IN 北海道では今までに何台もの2サイクル車が過酷な走行条件に耐え切れず焼付いてきた。今回もTZRが北海道の走りに耐えられるかが私の最大の心配事であったのである。


 今回走っていてエンジンが急に反応しなくなって左手の指がクラッチレバーにいく事が数回あったが、全てガス欠のためであった。こんな思いをしてまで2サイクル車で北海道に来る事は無いのだが、今回はこれしか乗るバイクが無かったのとTZRの軽さは年寄りには棄て難いものがあるのである。

 オイルを補給した後、建物の周りを散策してみる。玄関の下に新しい祠が出来ていて、中の石柱には幌加龍神と書かれている。幌加には龍神さまがいらっしゃるようである。今年はいつもの年より紅葉が早く、そして美しいように思う。紅葉し始めた木々の葉は、綺麗に色付いていて枯れている葉が少ない。もう10日もすれば大雪の山々は色鮮やかな紅葉に彩られる事になるだろう。




 部屋に戻ってお二人さんを起こす。北海道4回目の朝ともなると、2人共朝起きるのが辛そうである。








 7時半になって親父さんが朝食の用意が出来た事を知らせに来る。三人で一階の部屋に行き朝食をいただく。毎年変わらない朝食なのだが、これが「日本人の正しい朝食である。」と思い知らされる幌加温泉の朝食である。



 2日前の予定ではここ大雪付近を走る事になっていたのだが、雨が降ったため予定を変更し宿に直行していた。FUNKY定番コースの三国峠や芽登〜鹿の子温泉間を走らないで帰るわけにいかない。今日は富良野や十勝岳方面を回る予定を変更して定番コースを走る事にする。

 幌加温泉を出て糠平、清水谷、芽登、鹿の子温泉、国道39号、石北峠、大雪ダム、三国峠を回って幌加温泉に戻る周回コースを設定する。私の計算では一周140kmのコースである。このコースの中に給油ポイントは糠平のGSだけである事は判っていた。140kmであればガソリンは持つと私は判断した。

 ここは親父さんにお願いして荷物を預かってもらい、身軽になって周回コースにチャレンジする事にする。2時間あれば戻って来れると読み余裕を見て親父さんに11時には戻って来ますと言い残し、8時半幌加温泉を出発する。

 幌加温泉から糠平の間は、途中に長い直線などが有ってハイスピードで走り抜けてしまった。私は糠平に在る昨日のGSを横目に見ながら通過したが、GSはもう営業していた。

 清水谷から芽登に出てi昨日のパーキング前を通過、芽登温泉入口を過ぎた辺りでK氏を先頭にしてM氏、私の順でスペシャルステージは始った。このコースの最高速は250近くまでは出るため、TZRは直線ごとに置いていかれやがて前の2台は私の視界から消えて行った。事前の打ち合わせでは峠のパーキングで待つか、然もなくば鹿の子ダム入口で待っていてくれと2人に言ってあった。

 峠のパーキングに到着するがバイクの姿は見えない。昨年M氏が隠れたと言う植え込みの陰も確認したが居なかった。こうなれば後は鹿の子ダム入口まで走るだけである。昨年の事もあるので時々ミラーに目をやりながらアクセル全開で前を追う。ここのSPステージは約40kmと長く、長い間独りで走っているとは少し心細くなって来る。ようやくステージ最後の黄線の下りに差し掛かり少し走ると、スローダウンした2台のバイクが見えて来る。ここで追い着くと言う事は、前の2台とそんなに離れないで走っていたようである。

 鹿の子温泉の前から国道39号に出る峠越えの道に入り、また一気にペースが上がる。逃げるK氏、追うM氏、それを後ろで見ている私。前2台の走りは、正に3日前の知駒峠の再現であった。コーナーで横に並び掛けるM氏であったが、前に出るまでは至らず、立ち上がりでK氏が前に行く。コーナー毎にこの状態が繰り返された。

 峠を越え下りになると、さすがにM氏の猛チャージは納まり2台で仲良く下って行く。それを見ていた私のTZRのエンジンが突然息つきを起す。もうリザーブかと思ったが、道の勾配が緩くなったらエンジンは復活した。どうもTZRは急な下り坂になると、ガソリンコックがONの時ガソリン取り入れ口がガソリン表面から顔を出してしまい一時的にガスが落ちない状態になるようだ。

 3日前の歌登手前の下りで、ガス欠状態になりコックを予備に切り替え省燃費走行をした時もこの現象であったようで、GSでガソリンを入たら予備タンになる12リットル程度しか入らなかったのはこのためであったと思われる。

 国道39号に出て左折し石北峠に向かう。ガス欠状態になってから十数キロ走って今度は完全にガス欠になりコックを予備に切り替える。ここから給油予定の糠平までは80km近くあり予備タンの量を考えると行き着けるか微妙な状態である。私は直ぐにアクセルを出来るだけ開けない省燃費走行に切り替え、石北峠の登坂車線も車に着いて左側を走しる。



 9時40分過ぎ石北峠到着。バイクから降りて3人の口から期せずして出た言葉は「寒いーッ。」であった。天気は良く日は差しているのだがとにかく寒い。特にK氏は昨日までの気温に合わせた薄着をしていて特に寒かったようだ。いつもなら荷物の中から着る物を出せばよいのだが、今回は荷物を積んでいなかったため私が持っていたバンダナを貸してやる事にする。首から入る風を防ぐだけで温かさは全然違ってくる。

 この寒さは、台風が持ち込んだ暖かい空気から冷たい空気に入れ替わったのと、好天による放射冷却がプラスされたものと思われる。ここ石北峠は標高1.050mもあり、風もあったため特に寒く感じたのだろう。私の体感気温としては5℃前後であった。

 ここで昨晩製作したR6の特製オイルキャップが不完全な物であった事が判明した。オイルがガムテープの下から漏れ出し、前日ほどではないがK氏またまたオイル漬けになっている。そこで特製アルミホィールプラグの改良作業に取り掛かる。洩れの原因は特製プラグと穴のネジ山との密着性が悪く、そこからオイルが漏れ出しているようだ。そこで特製プラグとネジ山の間にパッキン代わりに布を挟んで締め込む事にした。この対策はそれなりの効果が有り、この後R6は秋田に帰るまでオイル洩れに悩まされる事は無かったのである。


 修理も終りモーニングコーヒーを飲もうと売店に行くと、温かい缶コーヒーはガラスの箱に入って売られていた。お店のお嬢さんは熱いですからと言って缶コーヒーをビニール袋に入れてくれる。その時はそこまでしなくてもと思ったが、缶を手に持ってみて納得する。ビニール袋に入っていたため落とさずに済んだが、思わず投げ出してしまう程缶は熱かった。多分北海道では、これくらい熱くしないと飲んだ時コーヒーが熱く感じないのだと思う。考え過ぎかなー?

 実際に飲んだ手に持てないほど熱い缶コーヒーは、冷えた身体には「ふぅー、ふぅー」しながら飲むのに丁度良い温度であった。ビニール袋に入れられるほど熱い缶コーヒーは、北海道ならではの親切なサービスであったのである?

 私の計算では糠平のGSまで余裕でガソリンは持つはずであったのだが、私が予備タンに入った事をM氏に話すとM氏から鋭いご指摘が有った。私は、給油してからの走行距離を糠平から計算していたのだが、実際は上士幌町のGSで給油しており、私の計算とは25km程度の違いが出ていた。私は昨日糠平のGSに立ち寄った事で糠平でガソリンを給油したと勘違いしてしまっていたのである。

 そして私の一周140kmと言う距離計算の中には、幌加温泉から糠平までの距離がダブル事が計算に入っていなかった。ここでも20km近くの距離が違っていて、合計50kmのも距離を短く見ていたのである。もし私がその思い違いに気が付いていれば、当然今朝糠平のGSで給油していたはずであった。

 そんな事をここ石北峠で気付いてしまってもどうしようも無い訳で、我々は休憩後先ずは幌加温泉に向かって走り出した。石北峠から大雪ダムまでの道は、原生林の中を走っていて周りには何も無い。この時期でも、標高のあまり高くない周りの山々には万年雪が見えていて、これも北海道を感じさせる。

 大雪ダムから国道273号に左折し三国峠に向かう。ここではこの紅葉の時期、銀泉台に行く大雪山観光道路と大雪高原温泉に行く道路が通行止になっていて、観光客は下に車を置いてバスで大雪山に登る事になる。そのため警官が入口に立っているのだが、昨年はそれが判らず突然現れた警官の姿に驚いたりもした。しかし、今年はそれは折込済みで驚く事も無く静かに警官の前を通過する。

 それよりも何よりも私は省燃費走行を続行中で、いつもはスペシャルステージとなるこの道をこんなにゆっくり走るのは初めて事で、我々はいつもと違う景色を楽しみながら走っていた。

 そんな我々の目の前にお尻を向けて走って来る物体が現れる。左のブラインドコーナーを抜けその先にある橋に向かって走っている我々の目の前に、バックランプを点灯させてバックして来る車が現れる。全車フルブレーキを掛けながら状況を判断すると、折しも対向車線には対向車が有り逃げる場所としてはバックして来る車の左側スペースしか無い。しかし、その左側には橋の欄干が有りそんなに広いスペースは無かった。

 省燃費走行で100程度で走っていたのが幸いして我々はその車の前で全員停止する事が出来たのだが、これがいつものペースで走っていたとしたら何かが起きてしまったかも知れない状況であった。いつものペースで走っていたとしても先頭の私は避ける自身はあったが、この手の状況は後ろに行くほど対応が遅れ危険度が増していく事を私は過去の経験から知っている。今回何事もなく全車停止出来たのは、省燃費運転をしていた事が幸いしたと言う事だろう。

 しかし、いつものペースで走っていたとしたら、このような状況になった時はとっくにこの先を走っていた訳で、バックしている車に出会う事は無かった訳で、事故と言うものはあらゆる条件を掻き集めて起きる訳で、もし事故を起す悪魔がいるとしたら今回その悪魔が条件を全て集め切れなかったと言う事だったんでしょう。

 ところでこの左車線の中央で急停止し行き成りバックし始めたドライバーのおばさんは、橋の袂右側に有った道に入りたかった模様で、対向車も止めてその道に入って行った。普通のドライバーであれば、橋を渡り切って適当な場所でUターンして来て右側の道に入ると思うのだが、路上と言う摩訶不思議な世界には普通でない人々(我々も含めて)が大勢いる事を運転手は心しておかなければ成らないだろう。

 いつもより多くの時間を費やして我々は三国峠に到着し、暫しの休憩を取る。K氏が三国峠を訪れるのは2回目であったため、いつもは三国峠の看板の前で写真を撮ったりするのだが今回は省略する。

 ここに来る前にK氏のR6も予備に入ったそうで、これから先K氏も省燃費走行で行く事になった。M氏はまだ予備に入っておらずガンガン行ってもガソリンの心配は無さそうなので、これから先は二手に分かれて幌加温泉に向かう事にする。

 峠を出て下って行くと有名な松美橋の撮影ポイント近くに昨年まで無かった駐車スペースが造られていて、これで路上駐車する事無く安心して橋の撮影が可能になったようだ。

 M氏は先に出てコーナーの先に消えて行き、K氏と私はいつもは200近くでコーナリングを楽しむ大きなアールのコーナーを、何とも平和なスピードでクリヤーして行く。峠を下り切り、道は白樺の森の中を走るようになった時ついにその時が来てしまった。

 TZRのエンジンが息を付き始める。こんな所で止まられては堪ったもんじゃない。こんな時のために持って来たポンプは幌加温泉に置いて来てしまったし、連絡を取ろうにも携帯はつながらないだろうと思われる。せめてこの先にある三股の集落まで持ってくれと祈るばかりであった。しかし幸いにも三股までは緩い下り坂で、勢いをつけたところでクラッチを握って惰性で走らせるなどして何とか三股に辿り着く事が出来た。

 私はこの三股の集落には喫茶店が有り、バイクに乗っている人が住んでいる事も以前何かで読んだ事があって、ここまで来れば何とか成るだろうと私は考えていた。喫茶店の中に入って行くと中にはお客さんが4〜5人、カウンターには店の人と思われる女性が2人いた。母娘と思われる2人の女性に事情を話してガソリンが有ったら少し分けてもらえないか、お願いしてみた。

 その年配の方の女性が言うには、隣に家が有るからそこに行って聞いてみたら良いと教えてくれる。店を出て隣の家に行ってみると、中から10歳位の男の子が出て来た。お父さんかお母さんはいないか聞いて見ると、自分独りだと言う。子供と話してもらちが明かないので家の後ろの小屋に行って見る。中にはバイクが数台置いて有りガソリンが入っていそうなポリタンクも置いてあった。ここが以前何かで読んだバイクオーナーの家である事は判ったが、無断で拝借する訳もにもいかず喫茶店の前まで戻って来た。

 そこに先ほどの女性がやって来て、どうだったかを聞いてくる。ガソリンをもらえたかどうか心配してくれていたようだ。子供だけしか居なくてもらえなかった事を伝えると女性は立ち去って行った。私はここでのガソリン調達を諦め、幌加温泉に到着しているはずのM氏に連絡を取って別の方法を考える事にした。K氏の携帯を取りだしてみたがヤッパリ圏外、道の向かい側に公衆電話BOXが有るのを発見し、ツーリングバッグ持って電話を掛けに行く。

 ツーリングバッグの中に今回の予定表が入っていたのが幸いした。これを持っていなかったら幌加温泉に電話を掛けられなかったかもしれない。予定表の中から幌加温泉の電話番号を探し出し電話を掛ける。この公衆電話はテレフォンカードが使える電話で、テレフォンカードを沢山持っている私としては助かった。

 携帯電話が発達した現在、公衆電話が少なくなってきていてテレフォンカードを使う電話機も少なくなってきているが、私の場合昔もらったテレフォンカードが財布の中に沢山残っていて使い切るのに苦労している。テレフォンカードを使い切るのが早いか、カード電話が無くなるのが早いか、微妙なところだと思う。

 幌加温泉に電話を掛けるとおばさんが出た。M氏が到着しているか聞くと着いていると言う。M氏を電話口まで呼んでくれるようお願いすると、M氏が程なくして電話に出た。私がガス欠した事を告げると、M氏は遅いのでそうではないかと予想していたようだ。それでどうしようかM氏と話し始めようとした時、私の目は何気無く道路向いのバイクの方を見ていた。

 するとバイクの傍にいたK氏の所にポリタンを持った喫茶店の女性が歩いて行くのが見えた。明らかに白いポリタンに入っているのはガソリンの色で、女性がガソリンを持って来てくれたようである。私はガソリンがもらえそうな事をM氏に告げ、この後私から電話が無ければそのまま幌加温泉で待っていように指示して電話を切る。

 私は急いでK氏の所に戻ったが、女性は既に店内に戻っていた。K氏の話によると、使っているガソリンなので全部は使わないように言われたという。ポリタンの中には5リットル位のガソリンが入っていたが、ここから糠平までの距離を考えると2リットルも有れば充分間に合うと思われ、私は目分量で2リットル位のガソリンをタンクに流し込む。これで糠平まで行ける事になって先ずはひと安心である。

 私は残ったガソリンを持って喫茶店の中に行き、女性に「本当に助かりました。」とお礼を言ってガソリン代として千円を渡そうとしたが、女性は受け取ろうとはしなかった。この場所でガソリンを手に入れようとしたら、千円では不可能な訳で安いとは思ったが千円を無理矢理女性に渡して私は店を出た。

 この場所に喫茶店が有る事は前から知っていたが、この道はFUNKYのスペシャルステージになっていていつもは店の前を走り去るのみであった。今度ここを通る時は、美味しい昼食メニューやチーズケーキ、コーヒーが有ると言う事なので、三国峠ではなくここ喫茶店<三股山荘>で休憩を取ってみたいと考えている。差し当たり来年は、お土産を持ってお礼に行かなければとも思っている。

 三股を出発した我々は、M氏が待つ幌加温泉に向かった。ガス欠の恐怖から開放され気楽にアクセル開けて幌加温泉に着いた私であったが、後ろにいたはずのK氏がいない事に到着してから気付く。しばらく遅れて到着したK氏によると、予備に入ってからしばらく走ってしまったため超省燃費走行で来たようだ。R6はTZRより燃費は良いはずだしタンク容量も17リットルと多くガス欠の心配は無いと私は思ったのだが、K氏は大事を取ったようである。


 M氏が部屋から玄関に運んでいてくれた荷物をバイクに積んだ後、おばさんと親父さんと一緒に写真を撮ろうとしたが、どうしてもおばさんが撮影を拒否したため親父さんと写真を撮り、予定より少し遅れた11時半過ぎ幌加温泉を出発し糠平のGSに向かう。糠平までの道は、これまでに無かったほどのノンビリとしたペースで走り、我々は糠平のGSに滑り込んだのである。

 そこにはいつものようにピットマン2名が我々を待ち受けていて、手馴れた手順でカウルやミラーに洗剤を吹き付けへばり付いた虫を落として行く。ここで私のTZRには13.9リットルのガソリンが入る。満タンが15リットル弱だから1リットルの余裕が有った事になる。三股から糠平まではほとんど下り坂で、ガソリンの消費は最小限に抑えられたようである。

 ピットマンにこれから行く糠平から然別湖への道路状況を聞いたが、問題なく走れるとの事であった。8月に訪れたN君(秋田港に見送りに着てくれたN君。)は土砂崩れで通れなかったと言っていたので心配していたのだが、それは1週間程度の事だったようだ。

 給油後、然別湖までのスペシャルステージに向かう。このスペシャルステージは、M氏が得意とするコースでいつもブッチで独走するステージなのだが、今回はフロントタイヤが磨耗してグリップが低下しているのが不安材料である。先ずは私が先頭でM氏、K氏の順で走り始める。今日のこの道にはバイクが結構走っていたが、ただ走っているだけのバイクばかりで張り合いがない。ここを得意とするM氏のプレッシャーを感じたらM氏に先に行ってもらおうと走り始めた私であったが、しばらく走ってミラーを見るとM氏との距離が少し離れている事を知る。

 TZRとRENNSPORTタイヤのパッケージはこのステージにピッタリ・フィットしたようで走っていて非常に楽しい。これまでここを十回以上走っていると思うが、これまでになく楽しいのである。大きなヘアーピンカーブを過ぎて道は原生林の中を走る中速コーナーが続く後半部入る。ここでM氏に前に出てもらって、私はその後を追う。私はどちらかといえばこのスペシャルステージの前半部が好きで、後半部は苦手なのである。

 山田温泉の手前で我々はCB750Fに追い着いた。ミラーの中に我々の姿を確認したライトブルー色で胸に白い横ラインが入った昔風革ツナギを着るそのライダーは、マフラーやリヤサスに手が入ったCB750Fに鞭を入れた。我々は、CBライダーのプライドに火を着けてしまったようで、CB逃げる、逃げる。しかし所詮はもう23年前の750ccバイクな訳で、10年前の750ccバイクYZF750SPの敵?では無かった。

 少し長目のストレート立ち上がりでフルスロットルを与えられたYZFは、コーナー手前でCBの前に出てそのまま左コーナーに飛び込んで行った。次はTZRの番であったが、250ccTZRの立ち上がり加速は750ccCBと大差なく、CBの前に出るのは容易な事ではなかった。CBの先に出る方法としてはコーナーの突っ込みが考えられるが、しかしこの道の両側は原生林が迫りコーナーの先はブラインドになっていて、コーナーで抜くにはリスクが多すぎた。

 ここでTZRの出来る事は、CBにプレシャーを掛け続ける事しかなかった。その内M氏は見えなくなってしまったが、私はCBの尻にへばり着きプレッシャーを掛け続けていた。そしてCBが根負けしたようにコーナー立ち上がりの加速が鈍ったのを見て、私は透かさずウインカーを右に上げCBの前に出たのである。私としては久しぶりのバトル走行で、老体に鞭打ったCBライダーの走りにエールを送りたい気持であった。

 そして前のM氏を追ったのだが、意外に早くM氏の後ろ姿が見えて来る。後から聞いた話だと、この時M氏は限界まで磨耗したフロントタイヤのグリップ不足に悩まされていて、ペースを上げられずに苦労していたようである。

 然別湖畔沿いの道に出て所で、私が前に出て然別湖畔温泉まで走る。駐車スペースは多くの車やバイクで満杯状態で、少し離れた道路左側にバイクを停めK氏の到着を待つ。K氏は我々から暫く遅れて到着する。K氏は前回もそうだったが、このコースを苦手にしているようで悩みながら走っていたと言う。3人が揃ったところで昼食を食べに湖畔に建つホテルのレストランに行く。


 暫く前になるが私はここで然別湖に生息するオショロコマ(正確にはオショロコマの亜種ミヤベイワナ)と言う魚の刺身をこのレストランで食べた事があって、その十和田湖のニジマスの刺身にも似たその独特の味が忘れられずにいた。そして今回そのオショロコマをM氏とK氏に食べさせたくて、またこのレストランに立ち寄ったのである。

 十数年ぶりに訪れた然別湖畔温泉ホテルのレストランは、内部が以前と大きく変わっていた。(当り前か。)窓も大きくなって然別湖が目の前に広がり明るい雰囲気になっていた。

 テーブルに着いてメニューに目をやると、どこを探してもオショロコマの文字が見えない。オショロコマの刺身も焼き魚も無かったが、無かったと言ってここを出る訳にもいかず他の物を注文する。




 私はイクラ丼、K氏は十勝地方の丼物豚丼、M氏は天丼を注文する。

 各人のそれぞれの丼の感想は、私を含めて特筆すべき事は無かったようである。




 何故、オショロコマのメニューが無かったかその時は深く考えもしなかったのだが、このレポートを書くためにオショロコマの事を調べていてその訳が判った。然別湖のオショロコマは乱獲が原因で数が激減(桟橋の周りでは結構その姿は目にするが。)したため、漁が制限されていたのである。禁漁と養殖事業で数は回復しつつあるようだが、今年も7月10日からの10日間の間、1日30人が1人10尾までと制限された形で遊漁が行われているだけなのである。

 私が十数年前にオショロコマを食べられたのは、今からすれば非常に幸運な事だったようである。秋田のハタハタも数が激減し禁漁を3年その後も漁獲量を制限した結果、最近は数が増えてきたようにオショロコマも計画的な管理で数が増え、また我々の口に入るようになる事を願うばかりである。


 然別湖を発って十勝平野を見渡せる扇ケ原展望台に立ち寄る。前回、K氏がここを通った時は霧が掛かっていて何も見えなかったため今回立ち寄ったのだが、ここから見える景色は北海道の大きさを感じさせるものの一つで、K氏にもそれを感じてもらえたと思う。

 鹿追から新得に出て狩勝峠に向かう。今年の狩勝峠は、高速コーナーを得意とするK氏を先頭にM氏、私の順で駆け上がって行く。いつ来てもここの高速コーナーは快感で、他では絶対に味わえない峠である。

 この峠の最後のお楽しみは、峠を過ぎた所に有る緩い下りの深い右コーナーである。今回も峠で止まって前の車との間隔を開けてから走り出す。

 150以上のスピードでフルバンクし180度以上回り込むこの右コーナーを、今回我々は車に邪魔される事無く走り切る事が出来た。これは大変珍しい事で、途中で車に追い着いてしまいスピードダウンを余儀なくされるのが大半なのだが、今回は至福のフルバンク体験を十秒間近く体験する事が出来たのである。

 国道38号の落合から左に入りトマムに向かう。この道に入ると交通量が激減しペースが一気に上がる。トマムリゾートを過ぎると長い直線が有って、対向するリッターバイク達は結構なスピードで走り去って行く。北海道をここまで走って来ると直線にはいささか食傷気味で、タイヤの真中を減らすのを嫌って私はゆっくり走っていた。

 長い直線が終わり幾寅峠への入口を過ぎると道は鵡川(この川がこれから行く鵡川町まで流れている事をこのレポートを書いていて知った。)沿いを走るワインディングロードに変わる。この道は、以前きついコーナーが所々に有ったのだが、道路改修が完了しそれらがトンネル等に変わり中・高速コーナーと直線が絶妙に組み合わされた道に変貌した。この占冠までの区間を、FUNKYの新たなスペシャルステージに認定する事にする。

 そしてここで私は燃えてしまった。今年の北海道の総決算となったこのスペシャルステージを、私とTZRは今回の北海道で会得した全てを出して走り抜けた。コーナーの手前で掛けるブレーキングは今まで体験した事の無い効き味で、一瞬ブレーレバーを握る事により一瞬にしてスピードがダウン、そのままコーナーに入って行けるのである。自分でも不思議なくらい無心で走りに集中出来ていた。コーナー毎に後ろとの間隔は開いていき、占冠手前の長い直線までは後続を大きく引き離していたようだ。

 「ようだ。」と言うのは、この時私はほとんどミラーを見ていなかったのだ。そのため後ろとの間隔がどれ位であったか知らなかったのである。後でK氏とM氏から聞いた話によると、「何でそんなスピードでコーナーに入って行けるのか?」と2人が驚くほどのコーナーの進入スピードで有ったようだ。私としては普通に減速してコーナーに進入していたつもりで、2人が何故そう思ったかは不思議であったのだが、一つ思い当たる節があった。

 それは先ほども述べたブレーキの効きである。この効き味はRENNSPORTタイヤがもたらしたものと思われるが、しかしそれはこのスペシャルステージで初めて感じたのもであった。私が考えるにそのブレーキの効きの違いは、RENNSPORTタイヤの温度に関係しているのではないかと思う。このレーシングタイヤは、そんなに温度が上がらなくても普通のロードタイヤ程度のグリップは有る。しかし、このタイヤ本来の温度になった時のグリップ力は、ロードタイヤの比ではないのだと思う。

 そのためパッドがブレーキディスクを締め付けるとその力が滑る事無く路面に伝えられ、ダイレクトにスピードが落ちるのだ。短時間で減速を終える事が出来るためそれが見え難く、減速しないでコーナーに進入しているように見えるのではないだろうか。TZRの場合減速を終えブレーキレバーから指が離れれば直ぐにアクセルは全開に出来るのでコーナーリングスピードは大きいバイクより速く、それもまたコーナーリングが速く見える原因と思われる。

 しかし、このRENNSPORTタイヤのハイグリップ力を引き出すためにはタイヤの温度管理が必要で、今回の北海道でもハイグリップ状態になったのはこのスペシャルステージだけであった。サーキットのように決ったところを走っているのであればそれは容易な事であると思うが、公道ツーリングでは場所や時間、天候等で路面温度は変化するためどこに妥協点を求めるかが難しそうである。

 レーシングタイヤを公道で使う難しさがそこに有ると思うのだが、一度壷に嵌った時のグリップ力を体験してしまうと、もうその魅力からは逃れる事は出来ないだろう。私もこれからこのタイヤの空気圧を細かく変えてみて、グリップ力と磨耗度のデータ収集に努めようと思っている。

 我々は、北海道最後のスペシャルステージを走り終えた満足感に浸りながら占冠の道の駅に入る。ここは昨年も立ち寄った道の駅で、中には特産品コーナーや観光案内コーナー、喫煙場所などが有る。ここまで来れば後はフェリー乗り場の在る浜厚真まで移動するだけで、時間も充分有るしここでゆっくり休憩取る事にする。

 ここから浜厚真に行く最短コースは、日高に出た後国道273号を南下して平取から旭岡に出て鵡川に行くのが最短と思われる。国道273号の日高から平取までの道は昔良く通った道であったが、私の中ではあまり印象の良い道ではなかった。何が有ったと言う訳ではないが、途中でハミ禁の取り締まりをしていた事があったし、十勝と苫小牧を結ぶ幹線道路のため大型トラックが多く走っていて気を使う事が多いのだ。

 今回は日高から走り慣れた国道274号には入り穂別まで行き、初日と同じ道を鵡川まで走る事にする。占冠の道の駅を出発し、鵡川の道の駅に併設された四季の館に向かう。日高峠を越えて日高町に出て国道274号に入る。この道は札幌に向かう幹線道路のため交通量が多く、我々は車の後に着いてゆっくり走る。

 山の中を走るこの道は、地図上に適当に線を引いてその通りに道路を造ったと思わせる道で、周りの景色は正しく私がよく行くヤブ山の景色である。谷に橋を架け、山にはトンネルを掘って地形に関係無く地図に引いた線の通りに道は走っている。

 確かにこの道が出来て我々は便利になったが、この道路を通る度人間が自然に行った仕打ちを見てしまうとヤブ山を愛する者の端くれとしては考えさせられる物がある。しかし、それは特にこの道に限った事では無いのだが、橋やトンネルが多いからそう感じてしまうのかもしれない。しかし、よく考えてみれと道路が地上ではなく空中を走る橋や地中を走るトンネルであった方が、山や動物に与える影響は少ないのかもしれないな。

 穂別の街の中に入りポレポーレの前を通過する。私のTZRは先ほどからリザーブに入っていて、このままフェリー乗り場まで行けるかどうか微妙なと事であった。途中でガス欠するのは昨日で沢山なので、穂別のGSに入り給油する。そこから一気に鵡川の温泉まで走り、5時過ぎ四季の館に到着する。

 昨年もここで温泉に入ったので要領は判っていて、発券機で入浴券を買いそれを係りのおねいさんに渡し、上がり口で靴を脱ぎそのまま横に置いて有るスリッパを履かずに奥に進む。間違ってもスリッパを履いて中に入ってはいけない。それがここのお約束なのだ。


 温泉に入って身奇麗になり落ち着いたら腹が減ってきた。ここには温泉の休憩所にレストランから出前がしてもらえるシステムがあって電話で夕食を注文する。メニューに有ったシシャモを注文したら品切れだだそうで断られた。しかしソフトクリーム等を売っているカウンターでも売っているので、そちらで注文してくれと言われる。

 ファストフードを売っている場所でシシャモを売っている所は、「日本広しと言えども、ここ柳葉魚の町鵡川しかないんだろうな。」と考えながら行ってみると確かにシシャモは売られていた。一人前が雄2尾?、雌2尾(子持ち)で315円(消費税込み)であると言うので、三人前を注文し出前を頼んで戻って来たのだが、私は雄?という言葉が引っ掛っていた。



 おねいさんが運んで来たシシャモを見て私は衝撃的な事実を知る事になる。

 私はシシャモにも雄がいる事を知ってしまったのである。卵が入った雌がいるのだから雄がいるのは当り前の話なのだが、スーパーで並んでいるシシャモは雌ばかりで雄のシシャモ姿など見た事が無く、私の頭の中にシシャモの雄と言う単語は入っていなかった。

 良く考えてみたら、昨年ここで食べたシシャモの唐揚げはオスのシシャモであったのだが、その時私に雌とか雄とかの意識は全く無く、本物のシシャモはこんな魚なんだと感心して食べただけで、お腹に卵が入っていなかった事など何の疑問も持っていなかった。

 写真を見て頂くと良く判ると思うが、1番下の左側が雄、右側が雌の姿である。雌はスーパーでよく売っているカラフトシシャモ(カペリン、シシャモの代用品)と良く似ているが卵が尾の方まで詰っていてボリュームが有る。味はカラフトシシャモと大差無いように私には思えたが、私が驚いたのは雄の味である。

 雄の柳葉魚は、卵に全ての栄養を取られ魚の味と言うよりも卵の味しかしない雌とは違って、丸ごと頭から食べたその味は油がのっていて大変旨い物であった。私は雌より雄の柳葉魚の方が飽きがこない味で好きになってしまった。

 K氏はここで柳葉魚を食べる前に売店で雌の柳葉魚を買ってきていたが、値段は雌の方が雄よりも数段高かったと言う。雄がこんなに旨いなら雄も買うんだったと後悔するK氏であった。カラフトシシャモの雄は棄てられると聞いた事がある。私は雄も市場に出せば充分売れると思うのだがどうでしょうか


 時間になって外に出るみると、日も落ちて辺りは暗くなっていた。苫小牧東港のフェリーの出港時間は7時50分で、ここからフェリー乗り場までは10分位でいけるが余裕をみて6時40分頃鵡川を出発する。

 フェリー乗り場に着いてみると、いつもは沢山並んでバイクの姿が見えない。早く着き過ぎたかと思ったが、実はいつもより乗船時間が早く他のバイクはとっくに乗船した後であった事を後に知る。

 バイクの指定場所にバイクを置き、ターミナル事務所の売店にお土産を買いに行く。帰りのチケットは買ってあるので乗船手続きは必要無く、2階の売店に直行する。移動中にお土産を買うと荷物が増えてしまうため、最終日夕張の観光お土産店にいつもは立ち寄るのだが、今回はそこを通らなかったためここでお土産を仕入れる事にする。下手な観光地より洒落たお土産が揃っている。

 お土産を買ってバイクの所に戻り乗船の支度をし係員の指示を待つ。そして係員の指示があり乗船となった。先ずM氏が最初に鉄のスロープを登ってフェリーの中に消えて行く。次に私の番となり係員が私の所にやって来た。そして私のチケットを千切ろうとしてその手が止まった。

 「チョット待ってよーッ。このチケットの日付明日でないかい?」 と係員が言った。
 「そんなはずはないでしょ。」 と私もチケットの日付を覗いて見ると確かに日付は9月16日になっていた。
 「アチャーッ!」 「このフェリーに乗れないのかーよ?」と一瞬思ったが、
係員は事務所に行って今日に変更してしてもらって下さいと私に告げた。
助かった。フェリーに空が無かったら、室蘭まで走って青森行きに乗る事を一瞬考えていた。

 そして係員は言った。「前に行った人も、後ろの人も同じーッ?」
 私言った。「はい。」
 係員は無線のマイクに向かってM氏のチケットの日付が違っている事を船内の係員に告げている。

 私とK氏はチケットを持って急いで事務所のカウンターに行く。暫くして息を切らせたM氏がやって来た。最初、M氏は係員からチケットが違うからバイクと共に降りろと言われたらしいが、「それはないだろう。」と主張、人間だけ戻る事を許されたと言う。M氏、乗船用のタラップを歩いて降りたのは初めてで、運動不足の解消には少し役立ったようである。

 カウンターのお嬢さんに事情を説明してチケットの日付の変更をしてもらった後、私とK氏はバイクの所に戻り無事フェリーに乗船する事が出来たのである。しかし、何故チケットの日付が16日になっていたのかが謎で、M氏は秋田のターミナルでチケット買う時、秋田に帰って来る日とフェリーに乗る日を間違えて申し込んだのではないかと推察していたが、はっきりした事は今だ謎である。

 とんだハプニングで乗船に手間取ってしまった我々であったが、フェ-リーに乗ってしまえばこっちのもの。後は黙っていてもこのフェリーが我々を土崎まで連れて行ってくれるのだ。乗船してみて判ったのだが、この船は我々が北海道に来た時に乗った船であった。我々が北海道を走り回っていた5日間の間に、この船は敦賀まで行って戻って来ていたようだ。

 我々の乗船時間が遅かったため、2等客室には既に人が沢山入っていて結構込み合っていてたが、何とか3人分のスペースを確保する事が出来た。この船の2等客室は、昨年までの船と違って部屋が細かく仕切られていて一部屋の収容人数少なくなっている。それはそれで良いのだが、全体の2等客室の定員が少ないようで2等客室がやたらと混んでいる。


 着替えてから売店に行きアルコールを購入、勝手知ったるラウンジに行って乾杯となった。私とK氏はサッポロCLSSSCの350ml各1本、M氏はアニマの里で味をしめたBLACK NIKKAの水割りを売店で発見してそれで乾杯する。

 1本当りのアルコール量を比較すると一番多いのがBLACKの水割りで、一番アルコールに弱いM氏がそれにチャレンジしてしまったのだが、数時間掛けてM氏はそれを空けたようである。


 北海道の思い出話に花が咲いて時間は過ぎて行ったのだが、年寄りはフェリーに乗った事で緊張が切れてしまったのか疲れがどっと出てしまい眠くなってしまった。

 2人より早く部屋に戻った私は、一足お先に今回初めて持って来た耳栓をして眠りに着いた。K氏とM氏の語らいは、11時過ぎまで続いたたと言うが、私のいないところで何が語られたかは私の知る所では無い。

 耳栓の具合が良かったのか北海道の疲れが出たのか私はいつに無くグッスリと眠る事が出来たのだが、その時見たであろう夢の内容は記憶に無い。


                         6日目