フキノトウ

秋田ヤブ山紀行 番外編

赤倉岳1,093.1m)登山
2003年 5月4日(日) 



                            Report by Ryuta

 
 赤 倉 岳 1093.1m> 
             (太平山地)


 秋田市の飯島地区から見る太平山は、奥岳から馬場目岳につながる尾根が良く見える。尖ったピークの太平山奥岳から左の端に在る馬場目岳に連なる尾根には幾つかのピークが在り、赤倉岳はその中のピークの一つである。

 奥岳の左手直ぐ下に在る旭岳は殆んど平でその存在に気付かないことが多いが、奥岳から歩いて1時間程の所に在る笹森(1,045m)はお椀を伏せたような丸い形をしていて一目でそれと分かる。笹森には、上小阿仁の萩形方面に下る道と馬場目岳に向かう縦走路の分岐が有る。

 赤倉岳(1,093.1m)は笹森から一つの鞍部を挟んだ馬場目岳寄りに在り、山容は笹森とは対照的に山頂部は三角になっている。

 今回の登山コースは、仁別旭叉から馬場目岳登山コースを登り1001mのピークに出てから、尾根づたいの縦走路を奥岳方面に向かい赤倉岳に登った後、旭叉に戻るコースである。


 今年のゴールデンウィーク後半の三連休(3・4・5日)は天気が良いとの予報であったが、朝起きたら昨日まで晴れていた空は雲っており、自宅の在る秋田市から太平山は見えていない。昨晩、北海道付近を通過した寒冷前線の影響と思われるが、天気予報では晴れると言っているので雨が降るほどの崩れは無いであろう。

 秋田市中心部から登山口の在る仁別旭叉までは、車で40〜50分なので今日はゆっくり家を出てAM7:30旭叉に到着する。旭叉の駐車場には多くの車が駐車していて大勢の登山者が出発の身支度をしていた。






 私もサンダルから登山靴に履き替えて支度をする。5〜6年間履いた靴が縫い目から破れてきたり、靴底との合わせ目が剥がれてきたため、冬の間に格安で購入したサロモンの登山靴(購入した後、その店は無くなっていた。)を今回初めて履く。

 サロモンの能書きによると、高いホールド感と優れた開放感のエクスターナルフィット、防水加工インナー クリマドライ(≒ゴア・テックス)、正確で強力なフィットのロックキングホック付クイックレーシングシステム(靴紐システム)、あらゆるコンデションでも優れたグリップが得られるコンタグリップ・アウトソール等の説明が書かれている。 このハイテク?登山靴が如何なる物なのか今回検証してみたいと思っている。



 履いて最初に気に入ったのは靴紐システム。この靴紐のフックは紐に当たる部分が丸くなっていて紐の滑りが大変よろしく引っ張っただけで全体的に締まり、その状態をロッキングフックで固定する事が出来る。

 今までの靴では一個一個フックに紐を掛けて締め、それが緩まない様に気にしながら紐を結んでいたが、この靴ではそんな心配は無用で、紐を引っ張って足の甲全体を希望の強さにを締めたら紐をロッキングフックで固定し、後はゆっくりと足首の部分を締める事が出来る。これは素晴らしいシステムで、隣で靴を履いていた登山者の写真を撮った後に靴を履き始めた私であったっが、隣より早く靴を履き終えてしまった。


AM7:45支度を終えて駐車場を出発する。橋の横に有る案内板の前にハーレーとドラッグスターが停まっていた。ぬぅー!このバイクに見覚えがあった。

 それは昨日の夕方、店で山に行く支度をしていた時、2台のバイクが爆音を奏でながら店の前を走り去っていった。煩かったので記憶に残っていたのだが、そのバイクがここに停まっている。








 ここには無料のキャンプ場が有るので、ライダー達はここで一夜を過ごしたのであろうか。キャンプ場の横を通ると一張りのテントが張って有り、革のチャップスを履いたライダーらしき男性が何やら荷物をまとめているのが見える。彼らはここにテントを張って泊まったようである。

 アメリカンバイクに乗るライダー達は、イージーライダーの様に寝袋をハンドルの前に縛り付けて旅するものなんだと、妙に感心してしまった。旅先で彼らが爆音を理由にショットガンで撃たれない事を祈るばかりである。





 駐車場から橋を渡って真っ直ぐ進むと奥岳に向かう道。(赤倉岳への登山口も有る。)

 私は左に折れて馬場目岳の登山道を進む。

 まず馬場目岳登山コースで奥岳から馬場目岳につながる尾根に出ることにする。






 昔、木材を運び出した軌道跡と思われる道を沢沿いに進むと、コンクリート製の橋が現わそれを渡って対岸に出る。少し歩くとまたコンクリートの橋が現われそれを渡る。この橋はその昔トロッコが渡ったと思われるが、その狭さに驚かされる。狭いこの橋をトロッコが秋田杉の大木を積んで渡るところを想像すると少し怖い気がした。

 この辺の木々はまだ若く近年植林された物と思われるが、百年前は天然秋田杉の大木がが鬱蒼とした森を作っていたことだろう。この地が昔の様な森に帰る時は来るのだろか。間伐されていない細い木々が密集した人工林が何と多いことか。






 2つ目の橋を渡って直ぐ、登山道は軌道跡の道を外れて右に折れ尾根に取り付く。杉林の中を進む道は、最初キツ目の傾斜であったが次第に一定の傾斜に落ち着き小さなアップダウンを繰り返しながら標高を上げて行く。











 登山道の脇に薄いピンク色の花が咲いているを見つける。花の名前には疎い私ではあるが、花や葉の形からその花がイワカガミであると思ったのだが、私の記憶に有るイワカガミと比べるとピンク色が薄く花自体の多きさも少し大きいような気がする。

 小さく可愛らしい花達を見つけると、名前はどうでも何か徳した気持になって、辛い登りを一瞬忘れさせてくれる。




 40分位歩き、視界が開けた所で始めての休憩を取る。汗も出て体も温まったのでシャツを1枚脱ぎ、水分を補給する。

 日は差してはいるが、正面に見える筈の奥岳山頂部は雲に隠れて見る事は出来ない。標高1000m前後に雲が掛かっている様でこの先の天候が少し不安になる。











 再び歩き始めると道はブナの森に入り込んで行く。この感じは昨年の春登った、白子森の景色に似ている。太平山地の何処ででも見られるブナの森の景色なのだろう。

 サロモンの靴でしばらく登りを歩いたので、感想を少し述べてみたい。このサロモン靴のつま先は平ではなく先端が少し上に湾曲しているのが特徴と能書きに書いてあった。つま先が湾曲している事により、登りで靴先端部が斜面に密着し易くなり滑り難くなると言うのだ。

 確かにその効果は有る様で前の靴より滑らない様に感じられ、また足の疲れも少ない様にも思えた。






 20分程歩くと尾根筋に雪が現われ始める。視界が開け馬場目岳の避難小屋が一瞬雲間から顔を出したが直ぐにまた隠れてしまう。


 ここで小休止を取る。休んだ場所に有ったブナの幹には道標として仁別とババメダケの文字が刻み込まれていた。

 何とも痛ましいブナの姿であった。その上に取り付けてあった看板も興ざめであったが、生身の木に傷を付ける無神経さに腹立たしささえ覚える。人に有無を言わさず刺青を入れるのと同じ事だろう。 この手の物は自分の名前を刻んだ物等を時々見かけるが、見る度に人間の身勝手さに呆れてしまう。







 再び歩き始めると、木の少ない広い雪原に出る。ここは多分ブナの木を伐採した後、そのまま放置された場所と思われ雪の下には竹ヤブが隠されているに違いない。

 この様な場所は太平山地の所々に見られ、春先遠くから見る山々に白い斑点となって現われることで、この様な場所の位置が良く分かる。




 雪が解けて間もない登山道にバッケ(秋田ではフキノトウをバッケと言う)を見つけて思わずシャッターを切る。昔は何処ででも見られたバッケも、最近は市内で土が出ている場所が少なくなったせいか、私の周りでは見付ける事が少なくなった。小さい頃、このバッケが蕗の花で有るとは知らず、バッケと蕗を別の植物だと思っていた私であった。







←標高も大分上がり縦走路の山々が近くに見える所まで来た。目の前にはこの尾根の終点である1,001mのピークが見えて来る。↓











 一歩一歩、足元を固めて雪の斜面を黙々と足を進める。

 先ほどから私の前の雪面に1人の足跡が現われている。その足跡は私の前に現われてはまた見えなくなる。足跡の残り方から推察するに、この足跡は今日付けられたものと思われ、私の1〜2時間先を歩いている人間が1人いるようだ。



 雪の上を歩く場合は決まった道は無い訳で、傾斜や雪の状態などを見て進む方向を決めるのだが、私の選んだルートの先に足跡が続いている事が多い。1,001mのピークには行かず右に巻いて縦走路に出ようと右方向に進むと、足跡もまたその方向に向かっていた。

 どうも私の前を行く御仁は、私と同じ様なルートの読みをする人のようである。

 AM10:00、縦走路の尾根に出る。旭叉から2時間15分のアルバイトであった。













 これから行く縦走路は雪に覆われていて登山道は見えないが、楽しみにしていた雪の上を歩く縦走が出来そうで安心する。私のこの時期の山の楽しみは、よく締まった雪原の上を周りの景色を楽しみながら歩く事なのである。しかし今日は周りの展望があまり良くないのが、少し残念なところだ。


←赤倉岳方向に歩き始めて直ぐに、南秋田郡と北秋田郡を分ける郡境の尾根が正面に見えて来る。登山道が雪で見えないので、ガスっている時は縦走路と間違え易いかもしれない。私は右手に伸びる縦走路の尾根を下ることにする。

 1,050mのピークの間に在る鞍部は、雪が少なく縦走路が出ていてその脇にはカタクリの花↓が咲いていた。雪が解けて最初に咲くのはカタクリの花で、この時期登山道の近くでもよく見かける。私が名前を知っている花の中の数少ない一つである。









 ←縦走路右手(西側)の谷から吹き上がる強い風に乗ってガスが流れ、ブナの木々を震わせていた。


 シャツ1枚では少し寒く感じたが、道が登りに差し掛かるとそんな事は直ぐに忘れていた。









←1,050mのピークは平らで縦に長く雪原が続いていた。

 この時展望が少し開け、北東の方向に2万5千分の1の地図名にもなっている天上倉山(てんじょうくらやま)が見える。天上倉山は登山道が無いヤブ山で私は1999年10月に登っているが、山頂からは赤倉岳や笹森が見え私が赤倉岳に興味を持った切っ掛けになった山である。↓


















←1,050mと1,080mのピークの間に在る鞍部にも雪が無い所があって、雪が解けた後に白い小さな花が花びらを開こうとしていた。私はこの花の名前は知らなかったが、白い清楚な雰囲気を持つこの小さなは辺りに春の訪れを告げていた。




  1,080mピークへの登り斜面は長く続いていて上部はガスに隠れて見えていない。→

 途中まで来ると雲の合間から太平山地の最高峰である白子森(1,179.1m)が顔を出す。↓昨年の今頃はあの山の頂上に立っていた。
















    1,084mピークの頂上部も平坦な尾根になっていて散歩には最適な尾根であった。↓(赤倉岳の登り途中から見る)。


 赤倉岳への登りはそんなに長くなく、AM11:50 無事赤倉岳頂上に立つことが出来た。山頂からは与左衛門山、その奧には三枚平山等が霞んで見えている。↓











               また、白子森もより近くにどっしりとした山容を見せていた。↓





 赤倉岳山頂を示す標示板の所に雪は無かったが、三角点の標石は見つけられなかった。
















 山頂で軽く昼食を取った後、笹森に向かって下って行くと旭叉に下る尾根が右手に見えて来る。

 正面には笹森が見えているが、その奥に見えるはずの奥岳は雲の中で見えていない。予定では笹森を越えて奥岳まで行く事にしていたが、行っても何も見えないのでは意味が無いのでここから真っ直ぐ旭叉に下る事に決める。→

 右に折れて旭叉への登山道を探して尾根を下って行くと、尾根右側の雪が消えたところで登山道を発見、それに添って下って行くと縦走路と旭叉の分岐標示が有る所に出た。




 縦走路は尾根づたいではなく右からの尾根に少し下ってから笹森に向かっているようである。

 標示に従って旭叉方向に下って行くと登山道が雪原の中に消えてしまった。

 地図とよると登山道は尾根に沿って有ることになっていたが、尾根の形が平でどこが登山道なのか分からないまま下って行くと、尾根が徐々に狭くなってきて登山道がある尾根から外れてしまった事に気付く。








 雪も無くなってヤブを漕ぎながら登山道を探して進むがなかなか見付からない。ヤブを漕ぐのはいつもの事なので驚きもしなかったが、少し高い所に上がって周りを観察する。右手に下まで延びる尾根を発見、その尾根に登山道が有りそうなので右に移動する。




 思った通りその尾根に登山道は有ってその登山道を下って行くと、また道が雪原の中に消えてゆく。しかし今度は鬱蒼としたブナの森の中に目印が書いてあった。

 隣合せの木の幹に赤いマルが2個並んでペイントされているのを発見する。どうもこの赤い丸は登山道の場所を示しているようで、道を挟んで立っている木にペイントされているようだ。赤い丸の間を進んで行けば迷わずに進めるようになっているようで、積雪時には有効な道標なる。


 この付近のブナの原生林は見事で、白神まで行かなくても秋田市の近くにこんなに素晴らしいブナの原生林があることを皆さんにもっと知ってもらいたいものだ。下るにつれて雪は次第に無くなり道は一本調子の下りになる。







 サロモン靴の能書きに滑り難いソールのことが書かれていたが、確かにこのソールは登りでも、下りでも以前履いていたビブラムソールの靴より滑り難くいように思う。

 残雪の斜面を歩く時も靴ソールが硬いせいか、雪面への靴のくい込みが良く滑り難かった。またトラバースする時もソールのパターンが効いているのか滑ることが無かった。

 山頂付近ではまだ裸のブナの木も、標高が下がるに従って若葉が見えるようになり、鮮やかな黄緑色を発っしている。ブナの若葉は、開く前は細かく波型に折りたたまれツボミの様になっていて、それが数時間の時間を掛けて花が咲く様に開いていく。開いた葉には、産毛のような白い毛が物が生えていて、それが日に照らされると白く光って、若葉の黄緑色をより際立たせている。






 縦走路分岐から1時間15分歩いて展望台と書かれた看板の有る所に出る。






 そこからは朝登った馬場目岳への登山道が有る尾根が見え、その奧には少し雲の掛かった馬場目岳を望むことが出来た。山肌の緑が密集した場所は、人工林の杉が植えられた所で山の中腹まで広がっているのが分かる。





















             鮮やかな薄紫色の花を見付けるが、この花の名も私は知らない。





 市内では大分前に茶色になって汚く散っていったコブシの花が、ここでは今まさに開き始めの新鮮な白色で咲いていた。→



←展望台から下の道は人工林の中を通っていて、林業作業用の道になる。大体このような道になると麓が近い事が多く、自然に歩くスピード速まってしまう。






←旭叉から奥岳の向かう登山道に赤倉岳からの道がぶつかる所に標示の柱が立っている。

 その柱の所まで来て、私は奥岳方向から下りて来た夫婦連れと思われる登山者に目をやる。先方も赤倉岳から下りて来た私に興味が有ったらしく此方を見ている。

 そしてお互いの顔を見て両者ともビックリ! 何とそのご夫婦はうちのお店のお客さんであった。旦那さんは秋田の山に大変詳しい方で、私が山に行く時色々アドバイスを頂いている人であった。

 今日は写真を撮りに奥岳まで行って来たとの事だったが、あまりの偶然にお互いに驚く。携帯電話で連絡を取り合っても、こうも上手くは落ち合えないだろう。

 旭叉の駐車場に向かう道を歩きながら奥岳の事などを聞いてみる。話によると午前中奥岳の頂上部は雲が掛かって展望は無かった様で奥岳に向かわないで正解であったようだ。

 写真を撮ると言うご夫婦と駐車場手前の橋で別れ、PM2:00旭叉駐車場に帰って来た。6時間少々の山行きであった。

 太平山の良い所は、秋田市内から近くアクセスに時間が掛からず気軽に山に入れることだろう。私は今回の山行きで太平山の登山コースの大部分を歩いた事になる。金山滝から前岳・中岳・奥岳、奥岳から岩見三内、野田から奥岳、皿見内から奥岳、旭叉から奥岳、奥岳から萩形、五城目から馬場目岳、そして今回の赤倉岳。

 太平山には多くの登山コースが有り、それぞれのコースに特徴が有る。太平山を含めた太平山地の山々は、ブナの森に包まれた素晴らしい山々である。この山々をこのまま後世に残していきたいものだと思うのだがどうなるのであろうか?


 私の知る40年前の太平山(弟子還り付近にはニッコウキスゲが咲き乱れていた)と現在の太平山とは明らか違って来ている事も確かで、一度失われた物はもう戻っては来ない・・・・。




                                 
                                                       Report  by  Ryuta

秋田ヤブ山紀行

天上倉山より撮影