■2日目 |

天気は快晴、太陽は顔を出したばかりです。

いよいよ北海道 Part・26がスタートする。
モチベーションを上げて、走りに備える。

いつもの夕張Seicomart到着。
此処ではやはりドラマが起きる!?
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●2日目の朝 快晴の穂別をスタート!

2日目の朝が明ける。バイク達も期待に胸を膨らませているようだ。 |
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いつものように六時前に起きてしまった年寄りは、カメラを持って外に出てみる。空は快晴、気温は秋田と大差なくそう寒くはなかった。私は車庫のシャターを開け、バイクを外に出して今日のスケジュールを考える。
今朝のポレポーレでは朝食が出ない為、出発時間は自由に決める事が出来る。今日の予定は穂別から最北端の地宗谷岬まで行き抜海で泊まる事になっていて、走行距離は600km近く(計算していないが・・・)になると思われる。
また今日の相方が新人さん(北海道を走ってはいたが、道北は初めて)である事もありいつものペースで走れるとは限らず、私は少し早目に穂別を出発する事を決断する。
部屋に戻った私は起きていた新人さんに七時出発を告げ、出発の支度に入る。新人さんも出発時間に合わせ支度を始めたのだが、その時新人さんを奈落の底に突き落とすシナリオが進行中である事に新人さんは全く気付いていなかった。
私は勝手知ったるポレポーレの食堂でコーヒーを入れ、モーニングコーヒーを頂いた後外に出る。お父さんは朝からゴルフに行くと言っていたが、まだ起きていないようで挨拶無しで出発する事にする。
AM7:00、ポレポーレを発った我々は夕張のSeicomartを目指す。
タイヤが温まるのを待って私は徐々にペースを上げて走り始めたのだが、後ろの新人さんはプチで走った時より良いペースで着いて来ていて、私は新人さんのレベルが上がった事を感じながら走っていた。
しかし、この時の新人さんは違和感を感じながらの走だったと言う。国道274号に出た我々は、夕張紅葉山方向に左折する。今日の国道274号は連休真直中とあって車やバイクの数が多かったが、我々が走る方向の交通量は少なく快調に走る事が出来た。
●出だしから先が見えない・・・?
夕張のSeicomartに到着した新人さんは、ヘルメットを脱ぐ為シールドを開け掛けていたメガネを外したのだが、外したメガネを見てフリーズしてしまった。
「メガネのレンズが無い!?」
外したメガネの左レンズが無かったのである。
ポレポーレを出て直ぐ、新人さんは左目に違和感を感じていたのだが、それは起きたばっかりでまだ目が慣れていない為だと勝手に解釈、遠近感の無い視界の中一生懸命私の後を追って走っていたと言う。

左目が素通しのメガネ。
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メガネの左レンズが無い事に初めて気付いた新人さんは、何処でレンズを落としたのかを考えた。先ずヘルメットの中で落ちたのなら、レンズはメットの中に有る筈(ブレスガードが有るから下には落ち難い)だし、落ちたらそれは気付くでしょ。
だとすればメガネを掛ける前に既にレンズは無かった事になり、普通は掛けた時に気付く筈なのだが、新人さんは気付かなかったようだ。
新人さんはネガネを掛けなくても生活出来る程度の視力を持っており、バイクに乗る時だけメガネを掛けていたのだが、今回はそれが災いしたようである。
メガネが無しでは何も見えない視力だったら、今回のような事は起きなかったと考えられるからだ。レンズがバイクに乗る前から無かったとしたら、レンズは宿の中で落ちたと考えられるのだが、新人さんは気になる事を思い出していた。
食堂の扉の傍の床に半透明のシリコンゴムの様な物が落ちていた事を思い出した新人さんは、それがメガネのレンズではなかったかと考えたのだ。直ちにそれを確認すべく新人さんはポレポーレに電話を掛けたのだが、 お父さんはもうゴルフに出掛けてしまったようで電話には誰も出なかった。結局、ポレポーレの電話が繋がったのがは稚内のSeicomartまで無かったのである。
そもそも何故レンズが片方落ちてしまったのだろうか。その原因の一つとして考えられるのが、昨晩宿の玄関先でメガネが床に落ちた事だった。しかし、確かに結構な勢いでメガネは落ちたが、レンズが外れなかったのは私も確認している。
しかしメガネが床に落ちたのはそれだけではなかったようで、その後にも新人さんはメガネを床に落としたらしいのだが、レンズが外れた記憶は無いという。
新人さんはメガネをグローブの中に入れて運んでいたようで、その方法に問題が有った事は確かだ。以前の北海道(積丹半島)で、グローブの中に入れていたメガネが強風で吹き飛ばされ地面に落ちたところを踏んでしまった事件があった。
グローブはメガネケースには成りえないわけで、メガネはシッカリしたメガネケースに入れて持ち運ぶべきだろう。
しかし、今問題なのは何処でレンズが落ちたかではなく、今始まったばかりの北海道を新人さんが片目のメガネで走れるかどうかという問題だった。バイクを走らせる上で物が良く見えるかどうかは重要で、物がハッキリ見えない状態で走る事は疲れるし楽しくないし何よりも危険である。
新人さんはこんな時に備えて以前使っていたコンタクトレンズを持参していて、差し当たりはコンタクトレンズで走る事にしたのだが、コンタクトレンズは目が乾いたりずれたりする為出来れば使いたくないらしい。
しかも、コンタクトレンズは2セット(4個)だけしか持参しておらず、最終日まで持たせるには洗浄液や容器を用意する必要があるという。
夕張から穂別に戻ってレンズを探す選択肢も有ったのだが、ポレポーレに戻っても誰も居ない筈だから中に入る事は出来ず、我々にポレポーレに電話が繋がって状況が見えてくるまで出来る事は無かった。
軽く朝食を取った我々は、桂沢ダムへ向かって走り始める。
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旭川のいつものGSだったが、
今後立ち寄る事は無いだろう。

CBR1000に乗ると言うライダーは、
我々のタンデムシートを使ったプバッグ
積載方法に興味津々だった。

JR音威子府駅到着。

駅舎内の奥に音威子府そばの売店は在る。
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●淡々と走って旭川へ
夕張から桂沢ダムへ向かう道は、大夕張ダムを過ぎると狭い二車線路になる。その山側の上に以前から新しい道が造られているのだが、工事は大部進んでいるいるようだ。この道は今の大夕張ダムの下流に建設されている夕張シューパロダム建設に伴う付け替え道路なのだが、この夕張シューパロダムの建設が、民主党政権になって凍結されるとテレビで放送されていた。
夕張シューパロダムは、湛水面積が朱鞠内湖に次ぐ日本第二位になる日本屈指の大人造湖 シューパロ湖 を造るダムで、完成は2013年を予定しているらしい。今回の凍結でダムの完成がいつになるかは分からないが、道路だけは早目に完成してもらいたいものである。狭く凸凹の道は危険です。
三夕トンネルまでの道を楽しんだ私は、トンネル内で後続を待った後プチで地元ライダーとコラボしたワインディングロードを下って行く。さすがに時間が早く地元ライダーもお上もいなかったが、それなりのスピードで走るワインディングは楽しかった。
桂沢ダムのいつものパーキングに人影は無く、我々は交通量が増した国道452号を車と共に芦別を目指す。今回私は芦別の街を今までと違うバイパスを使ったルートで通過する事にしていた。走ってみると信号も少なく車の流れも良いこのルートは使えそうで、今後はこのルートを使う事になりそうである。
芦別からカムイスキーリンクスキー場に出る道道4号で国道12号に出た我々は、神居古潭の信号に止まった。車の後ろに着いて発進した私は旭川に向かって走り出したのだが、その先でいつも待ち受けている人達の存在を私は忘れていた。
昨年もいらっしゃったその人達の前を私は昨年同様車に着いて通り過ぎたのだが、新人さんはしっかりスピードを抑えて走っていたようだ。この私の注意力の無さが、今回の北海道で遺憾なく発揮される事になるのだが、今回の北海道ではこの後私ばかりがスリリングな体験をする事になるのである。
●定番GSを変更へ
我々は今まで旭川市街の外れに有る決まったGSで給油していて、私は今回もそのGSにバイクを止める。昨年は半分が工事中(この時に以前と経営が変わったと思われる)だったのだが、今年は綺麗なSHELLのセルフスタンドになっていた。
早速私は給油作業に入ったのだが、その作業の中でこのGSがモダ石油の経営である事を思い出す。昨年立ち寄った時もモダ石油のGSであったのだが、モダ石油は我々のようなよそ者には使いづらいGSなのである。
このスタンドを経営するモダ石油(北海道各地にGSを展開している)の店頭には、その地域の中で安い価格が店頭表示されている事が多く、我々のようなツーリストはその看板に釣られてGSに入ってしまう事が多い。
しかし、モダ石油の表示価格は会員カードを持った人のもので、我々のようにカードを持たないよそ者にはその店頭表示価格は適用される事はないのだ。よく看板を見ればその事は書かれてはいるのだが、走りながらそれを理解する事は難しい。
今回の場合(レギュラーガソリン)モダ石油のため得カードを持っている客の店頭表示価格は120.8(コンマ以下の意味が不明)、モダ現金カードを持っている客の店頭表示価格123.8 だったが、私のようなよそ者価格は129円(看板のどこにも書いていない)であった。
店頭表示より9円高いと知った時点で給油作業を止め他のGS(手前のJOMOは125円だった)に行けば良いのだが、ガソリンキャップを開けた状態からよそに行く決断をするのには結構勇気が要るのである。
バイクの場合、1回の給油量が15リットル程度だから他に行ってもその差は50円程度(他店と比べて)で私はそのまま給油したのだが、50リットルも入る車だったらそれなりの金額になってくる。
モダ石油の店頭表示は、よそ者には非常に不親切と言わざるをえない。私は悪意さえ感じてしまうのだが、そんな事を考えるのはよそ者(地元北海道の人は全員知っている)だけなのだろうから商売上は問題がないのかもしれない。
苫小牧東港から鵡川方向に向かって走ると最初に在るのがモダ石油のGSで、安い店頭看板が出ていますのでお気を付け下さい。
従いまして旭川におけるFUNKYご用達GSを、モダ石油(SHELL)手前に在りますJOMOスタンドに変更いたします。皆さんは沢山ある旭川のGSの中で何故旭川市街手前のGSに私が拘るか疑問に思うかもしれませんが、我々はこの先の旭川トンネルを抜けると直ぐに山に入りますのでここで給油する必要があるのです。
●高速ステージの始まり
高級ガソリンを給油した我々は、体調を整えこれからの走りに備える。旭川トンネルを抜け二つ目の信号を左折した我々は幌加内を目指す。昨年は江丹別峠を越えて幌加内に向かったのだが、今回は道道98号の湯内トンネルを抜けて国道275号に出て幌加内峠を越えて幌加内を目指す事にする。
初めて通る湯内トンネルはへの道は、大きなコーナーを幾つか抜けると一気にトンネルの中に突入する高速ステージで、トンネルを抜けると今度は狭いワイディングロードが続く。トンネルを抜けた先のパーキングには白と黒のツートンカラー車が止まっていたが、交通取り締まりではなかったようだ。
この道は地元ライダーが集まる道でもあるようで、我々は多くのバイクとすれ違ったのだが、この先の幌加峠が昔と変わらずまだ黄色線が引かれたままだった事も有り、旭川から幌加内へ向かう場合、昨年使用した江丹別峠を通るコースの方が良さそうである。
幌加内から添牛内までの高速ステージは、昨年走った時大きくハンドルを振られた箇所も含め私はそつなく走って添牛内に到着する。初めてこの高速ステージを走った新人さんはスロットルを開け切れなかったようだが、高速ステージはまだまだ有りますから・・・。
●霧立峠から音威子府へ

霧立峠到着。
奥に見えるバイクは、レンタバイクで
旅するお三人さん。 |
添牛内から国道239号に入り、FUNKYでは定番の霧立峠へ向う。深いバンク角を堪能して霧立峠のパーキングにバイクを止めると3台の先客が停まっていた。
3台のホンダ250ccバイクに乗る彼ら(40歳代後半?)は、関西と関東から新千歳に飛んで来て札幌でレンタルバイクを借りてここまで来たのだと言う。
北海道を初めて?走る彼らは、寒さに耐えかねたのか天気が良いのに雨具?を着ていて、彼らに取って北海道の寒さは予想以上であったのかもしれない。
彼らの中にCBR1000RRに乗ると言う人物がいて、我々のタンデムシートを利用したバッグ積載方式に興味を示していた。彼はCBRに荷物を積むのに苦労していたようで、我々のプレート方式を食い入るように覗き込んでいた。
彼らはこれからオロロンラインに向かうらしいのだが、シルバーウィークにも関わらず今夜の宿を決めていないと言う。宿は何とかなるだろうと楽観視する彼らに、私は早目に宿は決める事をアドバイスしたのだが、あくまでもポジティブシンキングの彼らだった。

母子里到着

母子里から名寄に出る道は、
結構楽しいワインディングです。

音威子府のいつものENEOS。
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我々は彼らを霧立峠に残し、添牛内まで峠を駆け下る。国道276号に戻った我々は朱鞠内から母子里まで一気に走り、美深峠を越えて国道40号の美深に出た後、北に向かい音威子府を目指す。
このコースを初めて走った新人さんの感想は 「楽しかったぁ!!」 だそうだ。
特に母子里から先の美深峠が気に入ったようで、楽しく走れたようだ。新人さんも私も当然?単独走行の美深峠だったが、コーナーのRに癖が無く適当に直線が混ざった美深峠は、私の好きな高速峠の一つだ。
特に峠を下り切る手前に在る左コーナーから出て長い下りの直線に向う所が好きで、その直線を下って行くと以前TZR250Rを軽く焼き付かせた事を思い出し、私の指は自然にクラッチレバーに掛かってしまうのである。
美深から国道40号を北上、JR音威子府駅で昼食のそばを食べる為に音威子府を目指す。
音威子府手前の電光表示板に天北峠通行規制の表示が出ていた。我々はこれから天北峠を越えて知駒峠に向かうわけで、私はそれが気になっていた。
音威子府に入った我々は、昼食の前にいつものGSで給油を行う事にした。旭川で給油してからまだ180km位しか走っていなかったが、我々がこれから走るコースには暫くGSが無く、早目の給油となった。
GSのスタッフの話によると天北峠でヒグマ騒ぎが有って、警察も出て結構大変な事になっていたらしい。結局ヒグマは山に消えて行き規制は解除されたようだが、電光掲示板に出ていたのはその事であったようだ。
ヒグマが国道まで出て来るとは如何にも道北らしい出来事だが、走っていてヒグマとは出会いたくないものである。車ならまだしも、体がむき出しのバイクの場合ただでは済まないと思われ、ヒグマとの出会は遠慮させていただきます。
バイクのお腹を満たした我々は、今度は我々のお腹を満たす為、JR音威子府駅に向かう。

おじいさんは元気に働いてました。

今日は豪華に天玉そば 500円

この黒いそばを食べに来ました。
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今までの経験から朝穂別を発って音威子府に到着するのは午後1時を回っているのが通常なのだが、今回はまだ正午を回ったばかりだった。
考えてみたら今日穂別を発ったのはいつもより1時間早い午前7時だったわけで、この時間に到着しても不思議ではなかった。
早速駅舎の中に入って奥のカウンターに向かう。中ではいつものおじいさんがそばを作っていて、今回私はちょっと豪華に卵と天ぷらが入った天玉そばを注文する。
ここが初めての新人も私のマネ?をして天玉そばを注文、我々は天玉そばが出来上がるのをジィーと待つ。
そばは出来上がったが、我々がいつも座るカウンター前のテーブルに空きが一つしかなく、新人さんは入口傍の小上がりに腰掛ける。
昼時のせいなのかシルバーウィークのせいなのか、こんなに人が多い音威子府駅は初めてである。それでも直ぐにテーブルにいた若いカップルが席を立ち、我々は定位置でそばを食する事が出来たのであった。
音威子府そばの何が美味いかと聞かれると返答に困るが、何故かまた食べたくなる何かを持っているそばである事は確かだ。
食事を終えた我々は知駒峠を目指して走り始めたのだが、幸いにも天北峠でヒグマと遭遇する事はなかった。小頓別、上頓別と走って中頓別手前で左折、いよいよ知駒峠を上り始める。
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知駒峠到着。


車も通らない道だが、何故かYB−1の
地元ライダーが走って来て去って行った。
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●知駒を楽しむには・・・

初知駒のGSX−R750 K9。

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二年ぶりの知駒峠を大いに楽しんだ後、私はテレビ塔下のパーキングにバイクを停めイグニッションスイッチを切る。
エンジン音が消えるとそこは静寂の世界で、ヘルメットを脱ぐと微かに風の音がするだけの空間がそこにあった。
パーキングから見慣れた山々が見えていたが、今日は真っ青な空の下でクッキリと存在をアピールしている。
少しして静寂の世界を突き破って遠くからGSX−Rの甲高いエキゾーストノートが聞こえて来た。そしてそれが次第に大きくなって来る。
その音のする方向を私と同じように見つめる人物がいたのだが、その人の話は後ほど・・・。
パーキングの中に私の姿を発見した新人さんは、減速してパーキングに入りK5の後ろにK9を止める。
初めて知駒を走った新人さんに私は感想を聞いてみたのだが、新人さんはあまり楽しめなかったようだ。
新人さんは深いバンク角を楽しみながらも、多彩なコーナーが連続する知駒峠に苦労したようなのである。新人さんが知駒峠を楽しめるようになるには、もう少し時間が必要なのかもしれません。
バイクから降りた新人さんと話していると、パーキングの端にアメリカンバイクを停めていた男性が話し掛けてくれた。彼はこの近くの豊富温泉から来た地元ライダーで、我々の秋田ナンバーを見て声を掛けてくれたようだ。
彼とは色々な情報を交換したのだが、最近、豊富温泉の油臭い温泉(アトピーに効くらしい?)に入っておらず(入ったのは15年位前?)機会が有ったらまた入ってみたい気になってます。
我々は地元ライダーをパーキングに残し、知駒峠を駆け下り宗谷岬に向かって走り出す。
●宗谷丘陵の走り方
宗谷丘陵を走るにあたり、私は新人さんに走り方や注意点を事前にレクチャーしていたのだが、いざ実践となると思うようには行かなかったようだ。
宗谷丘陵の道は基本的に小さなウネリが多く(特に古くからある道)シートに座っていたのでは下から突き上げられて走る事が難しい道が多く、競馬のジョッキーのような中腰で走る事を要求してくる。
中和寒から上和寒と走って道道84号に出て左折、本流で道道121号に入った我々は沼川を目指したのだが、この道が曲者なのだ。
私はこの道を20年以上前から走っているが、牧草地の中を緩やかなアップダウンと左右にうねりながら走るこの道に私は北海道を感じている。
北海道らしい道にオロロンラインの道道106号を上げる人が多いが、私はこの道道121号を上げたい。但し、道道121号をそれになりに走るとなると、沢山のトラップに気を付ける必要はあるが・・・。
新人さんはそのトラップの一つに嵌ってしまったようだ。道道121号は古くから在る道で路面が傷んでいる所が多々有るのだが、新人さんが左コーナーに進入しバイクが深くバンクした状態でそれは起きてしまった。
コーナー途中に道路のひび割れをコールタールで補修した箇所が有って、それに新人さんのフロントタイヤが載ってしまったのだ。
新人さんのフロントタイヤは一瞬外に流れ、K9は対向車線に入り込んで行く。新人さんは一瞬焦ったようだが、それ以上の事は起こらず新人さんは左車線に戻って来た。
対向車線に出る事は出来るだけ避けなければならないのだが、この道で対向車に出会う確率は非常に低くそういう意味ではこの道は安全な道?と言えるのかもしれない。
今回新人さんはコーナーリング中のフロントタイヤの置き場所の大切さを、この道から学んだ筈だ。コーナーリングのラインはコーナーに入った時に決めるのではなく、コーナーに入ってから決めると言うのがFUNKYの考え方で、走り慣れたコーナーに躊躇無く入って行く地元ライダーの走り方とは異なるのである。
「ブラインドコーナーの先は崖」 私は常にこれを頭において走っている。そうでなくては初めて走る道をアクシデント無しで何万キロも走る事(この場合スピードは無関係)は出来ない。

知駒峠から猿払 鬼志別 まで一気走り。
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沼川から猿払に向かう道道138号に入った我々は、峠を越え鬼志別手前のパーキングにバイクを停めた。知駒峠から1時間弱の一気走りだった。この1時間弱の間に新人さんは多くの事を体験しそして学んだようで、バイクから降りた新人さんはここまでの走り熱く?語り始めた。
コーナーでフロントタイヤが滑って対向車線に入ってしまった事もその一つだったのだが、他にも新人さんが痛感した事が有ったと言う。
前方にうねりを発見した新人さんは、私からのアドバイスを忠実に守りシートからお尻を浮かしてうねりをクリアー、そしてお尻をシートに下そうとしたその時、下から強烈な突き上げが・・・・!?
新人さんはうねりを一つ見落としてしまったようである。
突き上げられたK9のガソリンタンクが、新人さんの股間をヒット!!
新人さんはその激痛に悶絶しそうになったらしいがK9は走り続けており、新人さんはその痛みに耐えながら必死に私の後を追っていたらしい。私は新人さんがそんな大変な事になっているとは全く気付かず、時々ミラーで新人さんの姿を確認しながら走っておりました。
教訓: うねりをナメルと痛い目に遭う。
我々が休憩しているとバイクの音が鬼志別方向からしてきて、見てみるとヤマハのYB−1(YB50だったかも?)だった。ライダーはお年寄りの男性で、我々の近くまで来て何故か鬼志別方向へまた戻って行った。
我々が猿払に向かって走って行くと先程の地元ライダーが走っていて彼を追い越したのだが、彼が何の為に走っていたのかは不明であった。確かに天気が良くて絶好のツーリング日和であった事は認めるが、彼がツーリング中であったとは到底思えない。もしかしたら彼はYB−1に乗って北の大地を徘徊中?であったのかも・・・。
私もあんな年になったらバイクで当てもなく徘徊してみたいものである。
私の予定では、鬼志別の街中から知来別(オホーツク海に面した町)に抜ける道に左折する事にしていたのだが、街中に入ると道路の舗装が剥がされ片側交互通行が行われていた。
私は交通整理人の指示に従いそこを通過したのだが、いつの間にか鬼志別の街を出ている事に気付く。どうも先程の工事箇所が私の曲がる予定にしていた交差点であったようなのだが、今更戻るのも面倒なのでそのまま浜鬼志別まで走って国道238号に出る事にする。
国道238号に出で信号に止まると、前方に以前泊まった民宿旅館 さるふつマリン が見えていた。私はそこの夕食で食べた毛がにの事を思い出し、そしてそこで見た水平線から昇る真っ赤な朝陽の事も・・・。
信号が青に変わり我々は左折して宗谷岬方向に走り出す。この時期、右側に広がるオホーツク海の海岸には無数の釣竿が並ぶ風景が多く見られる。何百本も有るのではないかと思われる釣竿は、整然と砂浜の上に並べられ当たりが来るのを待っているのである。
それは秋鮭を狙う釣り人が並べた物なのだが、それは北海道の秋の風物詩となっているのである。
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北の守りの要、自衛隊のレーダーサイト。

宗谷丘陵に到着。
風車が乱立しているが、
その配置に規則性は無い。

宗谷海峡の向こうに樺太が見えていた。

今回は例の歌は流れていなかった宗谷岬。
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●宗谷丘陵の中を走る道道1077号・889号を初体験
浜鬼志別から宗谷岬に行く場合、通常は国道238号をそのまま走って行く事が多く、FUNKYも今まではそうしてきたのだが、今回我々は宗谷丘陵の中を走る道道を使って宗谷岬を目指す事にしていた。
その道道とは道道1077号と道道889号で宗谷丘陵の中を走る快適な道なのだという。しかし、道道1077号にはまだ未舗装部分が残っているらしく、私が今まで行くのを躊躇していたルートでもあった。
今回の北海道では久しぶりに宗谷岬に行く事にしていた私は、新しいルートで宗谷岬に行く事を検討、インターネット情報によると道道1077号の舗装工事は大分進んだようで未舗装部分は国道238号から内陸に向かって2km程度のようであった。
2km程度(5分位?)の砂利道走行だったらSS系のバイクに乗る新人さんでも何とかなるだろうと考えた私は、新しい道で宗谷岬に向かう事を決める。
そして私は国道238号を北上しながら道道1077号の入口を探して走っていた。目印は道路の海側に立つT字路の行き止まりを示す大きなプレート(看板)とその左側から始まる砂利道であった。
知来別を過ぎ、私はペースを落としてその目印を探して走っていたのだが、左側の砂利道から数台のBMWが出て来て止まったのが見えた。
道路の海側には大きなプレートが立っていてそこが道道1077号の入口に間違いなかった。しかし、舗装が完了していない為なのか宗谷丘陵入口みたいな表示は無く、入口の目印はやはり道路海側に立つプレート(看板)が良いようである。
砂利道に入って行く二台のGSX−Rを見るBMW軍団の目は冷やかだった。
「GSX−Rで砂利道!?」
そんな声が聞こえてきそうだったが、SS系でも砂利道(特に北海道のOFF)は走れますからご心配なく。
最近の北海道ではリヤに大きな四角いBOXを装着したOFF系BMWが増殖中で、何処に行っても見掛けるようになった。
浮石に前輪を取られて悪戦苦闘する我々の横を、OFF系BMWがハイスピードで走り抜けて行っていたが、0FFも走りながら北海道を旅するにはOFF系BMWは賢い選択なのかもしれない。
私はバイクとしてのBMWは嫌いではないのだが・・・・。
考えていたより短く感じた砂利道を抜けると、白線の無い黒い舗装路になった道道1077号は、暫く走ると白線の引かれた正規?の路面になり国道ほど広くはないが快適なワインディングロードが続く。
道道1077号は稚内空港近くまで伸びているのだが、2009年9月20日現在/工事の為道道889号との合流地点から先は通行止になっていて、それは来年も続くようである。
道道889号に右折した我々は、宗谷岬を目指して北上して行く。最初は木々が生い茂る山の中を走っていた道も、次第に視界が開けてきて周りは波打つような丘陵地帯いわゆる周氷河地形になっていく。
道道1077号と道道889号を初めて走った私の印象は、この道は走りを楽しむと言うよりは、景色を楽しむ道という印象だった。皆さんには独自の地形の中を走るこの道を一度走ってみる事をお勧めするが、この道はFUNKYの定番コースにはならない気がしています。

この写真を見ただけでは仁賀保高原と
言われて信じてしまうかもしれない。

初めて訪れた宗谷岬上の公園?
旧日本軍?の宗谷海峡の監視所跡が
展望台になってます。

宗谷岬を監視所の上から見下ろす。
こうして見ると宗谷岬は岬の
イメージからは程遠い岬ではある。

新人さん 初めて日本最北端の地に立つ!
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丘の上に建つ自衛隊のレーダー基地が見える場所にバイクを停めた我々は、休憩と景色の写真撮影を行う。
周りには風力発電の風車が乱立していて、私的にはこの景色に馴染まない感じがしたが、eco が声高に叫ばれている今の時代では、致し方無い事なのかもしれない。
撮影を終えた我々は、いよいよ宗谷岬に向かう。新人さんは最北端の地宗谷岬を訪れるのは今回が初めてで、それなりのイメージを持って宗谷岬を訪れようとしていた。
宗谷岬に向かう道で宗谷海峡の先に樺太が見えている場所があって、私は思わずバイクを止めカメラのシャッターを押してしまった。以前にも一度通った事のある道だったが、その時は樺太は見えておらず、樺太がこんなに近かったとは知らなかった。
私は今まで幾度となく宗谷岬を訪れているが、岬の上の公園?には一度も行った事が無かった。今日は時間もタップリ有る事だし、立ち寄ってみる事にした。
広い駐車場にバイクを停めた我々は、旧日本軍の監視所(展望台)に向かう。ここの監視所は津軽海峡竜飛岬に在った監視所と比べると二階建てとなっていて一回り大きな建物(監視員の人数が多い?)だった。
・・・という事は、同じ国内の海峡(戦前は樺太の南半分は日本領だった)の中でも津軽海峡より宗谷海峡の方が旧日本軍に取っては重要だったと言う事だろうか。
現代でも竜飛埼に在るレーダーより先ほど見たレーダーの方が格段にデカイ(防空レーダーだから当然だが)く、64年前も今も状況は変わっていないようである。
監視所は今、宗谷海峡を見下ろす観光客向けの展望台になっていて、後付けの階段を上って屋根に上がれるようになっているのだが、その鉄製の階段が腐りかけていて怖かった。
管理責任が問われる現代で、有名な観光地にこんな腐食した階段がある事に私は驚いたが、早急に修理した方が良いと思う。もっとも壊れたら竜飛埼の監視所と同じように撤去される運命なのかもしれませんが・・・。
●初宗谷岬
そして PM3:15 穂別を発って8時間15分 ついに我々は日本最北端の地に辿り着いた。この時間は私が考えていたPM:400到着よりだいぶ早かったが、これも新人さんの頑張りの結果だろう。
新人さんは、お約束の間宮林蔵像の前と三角モニュメントの前で記念写真を撮る。今日も三角モニュメントの前には写真撮影の順番待ちの列が出来ていたが、我々は何とか単独での撮影に成功する。
初めて日本最北端の地に立った新人さんの感想は、
「宗谷岬はタダの出っ張りって感じ!」 だったらしく、
イメージしていた宗谷岬とは大分違っていたようだ。
宗谷岬は一度は行ってみる価値は有るとは思うが、一回行ってしまえば次は拘らないところがある。
新人さんが再び宗谷岬を訪れるのは、いつになるのだろうか。私の予想では、結構先になりそうな予感がしてます。
写真も写真も撮ったし、我々は早々に宗谷岬を後にして稚内に向かう。
稚内のいつものGSで給油しようとしたら休みだった。考えてみたら今日は日曜日だった。北海道のGSは日曜日が休みのところが多く(特に田舎のGS)気を付けなければいけないのだが、稚内は都会で次の信号の角のGSで給油する事が出来た。
給油後いつものSeicomartに寄って飲み物とツマミを調達、今宵の宴会に備える。ここで初めてポレポーレに電話が繋がった。お父さんがゴルフから帰って来たようで、事情を説明してレンズを探してもらったのだが、見付からなかった。お父さんには引き続き探してもらう事にして、見付かったら電話をしてもらう事をお願いして新人さんは電話を切る。
レンズが見付からなかった事で明日レンズが手に入る可能性はなくなり、バイク用メガネの復活は無くなった。実は新人さん、北海道にもう一つメガネを持参していたのだが、そのメガネは今流行りのレンズが小さな物でライディングに使用するには問題が有った。
SS系のバイクをライディングする場合、頭が下がったポジションになる為上目使いで前方を見る事になる。そうなるとレンズの小さいメガネ場合、視線がレンズから外れメガネの用を成さなくなってしまうのだが、新人さんは、ダメモトで小さなメガネを試してみる事にした。
コンタクトの上に小さなメガネを掛けた新人さんと私は、今宵の宿の在る抜海に向かう。今宵の宿 旅人宿 ばっかす は、以前に一度泊まった事がある宿だったが、我々は ばっかす の前を通り過ぎ、近くの夕日が奇麗だと言う海岸に向かった。
ここで小さいメガネのテスト走行結果を報告致しますと、小さなメガネでも掛ける位置を上方に固定出来れば使えるという事が分かったようです。そしてヘルメットの中にメガネを掛ける場合、サイドパッドと顔の間でメガネを固定出来る為、鼻にメガネが載っていなくてもメガネが落ちない事も判明したという。
但し、メガネをその(上にずれた)ポジションで使用した場合、傍から見ると何とも間抜けな絵図らなってしまうのが欠点と言えば欠点となるのだが、走っている時は誰も見ていませんから大丈夫です。
新人さん、明日からはコンタクトを止め小さなメガネで走る事を決めたようです。
●最北の落陽
我々が行った海岸は利尻島と礼文島が目の前に見える場所で、我々が到着した時太陽は礼文島に落ちようとしていた。
海岸では秋鮭釣りの人達が釣竿を並べ、当たりがくるのを待っている姿が見られた。我々は流木の上に腰を下ろし、静かに落ちていく夕陽を眺めながら静かな時間を過ごす。聞こえてくるのは風の音だけ、変化していく空と雲の色を眺めながら私は長かった今日一日の出来事を思い出していた。
夕陽は静かに礼文島に沈んでいったのだが、太陽が沈み切った瞬間夕陽が上空の雲に反射して辺り一面を間接照明で赤く照らし出した。通常夕陽が海に沈んだ場合海も雲からの反射光で赤く光るのだが、此処の夕陽は礼文島の裏に沈む為海は光らず独自の落陽になっていた。
この優しい赤い光よる夕焼けは感動的だった。それはほんの30秒程の出来事だったのだが、私は初めて見る風景に見入ってしまいました。
落陽観賞の為海岸に1時間程滞留した我々の体はすっかり冷え切っていた。新人さんには寒い中私に付き合せてしまい本当に申し訳なかった。日中はそれ程寒さを感じなかった北の大地も、さすがにこの時間になると寒かったです。
我々が海岸に居た1時間の間、砂浜に並んだ20本程の鮭釣り竿に当たりは全くなかった。あれだけの竿の本数で1時間全く当たりが無いと言う事は、鮭釣りは結構効率の悪い釣りであるようだ。竿を入れて当たりが来るまでただただ待っているだけの釣りですから、せっかちな私のような人間には向かない釣りのようです。
我々はまだ夕焼けの名残が残る海岸を後にし、此処から目と鼻の先に在る 旅人宿 ばっかす に向かった。
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