我々は小川で給油してからここまで150km以上走行していて、次の給油ポイント松尾八幡平はまだ80km以上先に在って、私はTZRのガソリンが心配になっていた。転ばぬ先の杖では無いが、道の駅の隣にGSが有るのを見たTZRは
「 給油して来ます。」 と言ってGSへ向かう。
故障もガス欠も時間をロスするのは同じで、ガソリンのマネージメントを的確に行うことも無事帰還するコツでもある。
TZRが給油終えるのを待って、我々は平庭高原に向かって走り出したのだが、直ぐ先の赤信号で止められる。信号が青に変わって我々は前に車がいない状態で走り出したのだが、少し走ると車に追い着いてしまい暫く車の後ろを走る事になったのだが・・・。
突然、私は1台のバイクに追い越された・・・? そのバイクは私と前の車を一気に追い越して行ったのだが、私はあまりの突然の事に、呆気に取られ 最初は後ろのメンバーかと思った位でした。
< 無茶するなぁー >
私は車に着いて走っていただけでしたので後を全く見ていませんで、後ろのメンバーかと・・・?
しかし良く見たらメンバーでは無く それは 赤い隼?(一瞬の事ではっきり確認出来なかった)で ビツクリ でした。
車を追い越す予定にしていた直線に出た時、私は一瞬悩みました。隼を追い掛けるべきか否かを・・・?
しかしその0.1秒後、私はウインカースイッチを右に押し、ギヤを3つ落とし、スロットルは全開に・・・なってましたね。
前を走る隼がミラーに集中していたのは明らかで、私が車を追い越したのを確認した隼は一気にスピードを上げて逃げ?始める・・・。
加速に関してはGSX−Rに分が有るのか隼との距離は少し縮まったのだが、道は登坂車線の有る平庭高原への上りに差し掛かる。
此処の近辺には、その昔(1980〜90年代)走り屋さん達が大勢集まった場所が有って(私は詳しい事を知らないが)、岩手県内では今朝走った外山ダムへの上り同様に有名?だったと聞く。
前を走る彼がその昔この辺でブイブイ言わせてライダーだったのかは知る由も無いが、登坂車線の有るこの道を知り尽くしたような彼の走りは危なげ無く速かった。その後姿を追ったが私だったが、以前この道のトラップに引っ掛かり怖い経験を持つ私はスロットルを開け切れなかった。
そのトラップとは、高速の右コーナーを深いバンキングで抜けて行くと奥にRが少しきつくなる所が有って、そこで更なるバンキングを強いられのである。以前私は限界までバンキングした状態でそこに差し掛かったのだが、更なるバンキングが不可能で進路変更が出来ずにバイクは外側の車線にはらみ、リヤブレーキを使って何とか事無きを得た事があった。
私はその事が頭から離れず、その場所を探りながらの走でスロットルを開け切れなかったのだが、前を走る彼はその場所を何事も無かったように走り抜けて行ったから、彼はこの道を知り尽くしたジモピーライダーに違いなかった・・・・?
変則右コーナーを抜け次の左・右とコーナーを抜けると車に捕まり私は追うのを諦めたのだが、その時には隼の姿は消えていましたね・・・。
私がジモピーライダー?に千切られたのは今回が二回目で、前回は鳥海山ブルーラインの山形県側の上りだった。今回同様突然現れたDUCATI(Lツイン?)を前に出して私はその後を追ったのだが、ヘアーピン毎に離され消えて行きました。
私も隼で上りの高速コーナーを走った事が有るが、1300ccのトルクは絶大で走り易かったのを覚えている。これは負け惜しみですけど、DUCATIもそうですが上り坂はパワーよりトルクが大きいバイクが有利なようです。
道はシェルターを抜け平庭高原の白樺の森に突入し中速ワインディングロードへと続くのだが、出来ればこの白樺の森で隼と走りたかったなぁ・・・。このスチエーションだったら離されない自信は有る?のだが・・・。
峠のパーキングにはバイクが数台止まっていて、私は赤い隼の姿を探したが無かった。もしかしたら私のような獲物?を求め、再び元に引き返したのかもしれません・・・?
平庭高原を下って我々は袖山高原入口に出る。予定では袖山高原に上がって往復するコースを設定していたのだが、今日は時間が無いのでそのまま通過し葛巻へ向かう。袖山高原のレストハウスで休憩し、流れ出ない瓶牛乳を楽しみにしていた私だが次の機会といたしました。
葛巻から国道281号を走って国道4号の沼宮内に出た我々は、左折して跨線橋を通過した先を右折して広域農道に入り、八幡平松尾IC出口に在るGSを目指す。
この広域農道は地元の車が時々走っていますので注意が必要ですが、畑が広がる丘陵地帯をアップダウンを繰り返しながら走る道は何とも気持ち良く、メンバーも大好きな道となっている。
|
八幡平樹海ラインを楽しんだ後に・・・ |
|
我々は 道の駅 やまがた から一気走りで松尾のいつものGSに到着し給油を行う。今日のGSスタッフはいつものオバチャンでスムーズに給油を終えた後、我々は水分を補給したり体調を整えたりして、これから向かう八幡平樹海ラインの走りに備える。
|

松尾八幡平IC出口近くのGSで給油
|
|

ヘルメットの顎紐を締め、モチべ―ションを高めるZZR1100
しかし、これが今日最後の乗車になろうとは・・・?
|
|
GSを出た我々は八幡平アスピーデラインに出て左折、八幡平温泉郷方面へ向かいその先の信号を右折して松川温泉方面に向かう。松川温泉までは結構な上りで、同じようなヘアーピンカーブをクリアーして上がっていくのだが、相変わらず道路工事が行われていて走りずらかった。
工事が終わったと思うとまた路肩が崩れるのを繰り返しているのだが、火山地帯特有の地質で路盤が脆く崩れ易いのが原因と思われる。皆さんもこの道の走る時は、路面状況に充分注意して走行して下さい。
松川温泉を過ぎて右折、我々は八幡平樹海ラインを藤七温泉まで一気に駆け上って行く。今日の樹海ラインは交通量が少なく走り易すかったのだが、これは走った時間帯が良かった事が大きかった。通常我々はPM3:00過ぎに樹海ラインを上るようにしている(3時を過ぎて八幡平に上る車は少ない)のだが、今日は4時を回っており車の数が本当に少なかった。
私はZZR1100を引っ張りながら樹海ラインを楽しんだのだが、後ろのZZR1100はここを走るのが2回目で道が分かっていないのと、ブレーキングからのコーナーの進入(結構スピードが乗るので減速が上手くいかないと走りが纏まらない)がスムーズにいかず悩んでたようだ。
それでもZZR1100のパワーを充分に楽しんだ彼は私に少し遅れて藤七温泉に到着、私のGSX−Rの横にバイクを停める。少し遅れてZZR250、更に少し遅れてTZR250Rが到着し我々は休憩を取る。
本来であればここらで温泉に入ってスッキリしたいところなのだが、予定より時間が遅くなっており私はどうするか迷っていた。これから先には茶たての清水までの楽しい道が残されていて、そこは明るい内に走らなければならないのだが、この時期7時頃までは明るいので温泉に入っても問題は無さそうだったのだが・・・。
私がふとZZR1100(愛人)の下を見ると、ポタポタと地面に滴り落ちる物が見えた・・・!?
「オイル・・・?」
次第に広がっていく液体を確認すると・・・、それはエンジンオイルだった。しかし、それがどこから漏れているのか分からず、エンジンの下を覗き込んで漏れ出している場所を探ったのだが良く分からなかった。
オイルが漏れ出す可能性の有るのは、先ずチェンジシャフトのオイルシールなのだが、それは春先に新品に交換しており可能性は低かった。クランクケースの下側にオイルクーラーへ繋がるオイルホースのバンジョーボルトが有って、そこもオイル漏れの可能性が有り絞めて確認してみたが緩みは無かった。
エンジオイルの点検窓を確認するとオイルは見えており、私はエンジンを掛けてオイルが漏れ出している個所を探ってみる事にした。エンジンを掛けると漏れ出すオイルの量が増え、エンジンを止めると前より多くのオイルが漏れてきてしまった。
しかし、そのお陰でと云っては何だが、オイルが漏れ出している場所を彼が発見する。オイルの漏れ出しているその場所は、ウォターポンのケーシング開けられた小さな穴だった。
ウォターポンプからクーラントが漏れるのなら分かるが・・・ オイル・・・?
私はウォターポンプ後ろ(クランクケース側)の小さな穴からオイルが漏れ出しているのを見て、オイル漏れの原因を理解する。
この穴は本来ウォターポンプのメカニカルシールから漏れたクーラントを逃がす穴(メカニカルシールはその構造上微量のクーラントが漏れる事が有る)なのだが、ウォターポンプを回すシャフトはクランクケース内のオイルポンプと繋がっており、シャフトのオイルシールがいかれた場合オイルが漏れ出る可能性が有った。
下は後日修理した時の写真で、ウォーターポンプのケーシングからオイルシールが抜け出ていた。古いバイクなのでオイルシールの外側のゴムが硬くなって収縮、ケーシングとの勘合が甘くなっっていた所に樹海ラインの熱い走りが止めを刺してしまったのかもしれません・・・?
|
 |
|
ウォーターポンプを取り付けるクランケースの穴と
オイルレベル窓の微妙関係が分かります?
←

ウォーターポンプのケーシングから抜け出たいたオイルシール
|
|
オイルが漏れ出ている状況で走れば、漏れたオイルがリヤタイヤに付着しスリップダウンの可能性も有り、大切な愛人をそんな危険な目に合わせる筈も無く、彼は即座に決断する。
「 ZZR1100をここに置いて軽トラで迎えに来る。 」
これで愛人の藤七温泉放置プレイが決まったのだが、問題は彼がここからどうやって軽トラまで辿り着くかであった。
※これは修理時に分かった事だが、上の写真で分かるようにオイルのレベル(点検窓)とウォーターポンプシャフトの高さの関係から、サイドスタンドを掛けた傾いた状態ではオイルは漏れ出すが、バイクを立てるとオイルが漏れ出さない事が判明する。
ましてエンジンを掛けるとオイルレベルは更に下がりますので、走行してもオイルは殆ど漏れ出さない状況に有り、ゆっくりであれば走行が可能(バンクしても油面の高さは変わらない)であったと思われます。
|
タンデムライディング |
|
公共機関(ここからバスと列車を乗り継ぐ)を使って軽トラに辿り着く方法も考えられたのだが、藤七温泉発の最終バスは1時間前に出ておりその方法は使えず、タクシーを呼ぶ事も可能のようだったが八幡平の山の上にタクシーを呼ぶのは費用的に現実味が無く、結局彼をバイクの後ろに乗せてタンデムで秋田まで行く事になった。
タンデムするバイクは排気量が一番大きい私のGSX−R(本当は色々な面でZZR1100が最適なのだが・・・)と決めたのだが、GSX−Rのリヤシートは小さく更に悪い事に今日取り付けられていたシートは、シングルシートカウル取付用のベースを使った私オリジナルのプレートで、表面は厚いスポンジ仕様で滑り易く強度的にも不安が有るシートだった。
しかし最大の問題は、ZZR1100の彼が身長190cmを越える大男だった事だっだ。私は以前GSX−Rに身長175cmの男性を乗せて高速道をタンデムで走った経験を持つが、今回は192cm?である。どう見ても私が後ろに乗って彼が運転した方が、見た目のバランスが良いように思える・・・。
そんな状況を横で見ていたTZRから、ZZR1100の彼にTZR250Rに乗ってもらい、自分がGSX−Rの後ろに乗るのはどうかと云うと申し出があった。確かにその組み合わせがタンデム走行をスムーズに行えるベストチョイスである事は明らかで、TZRの申し出に沿った形で我々は秋田市を目指す事になったのである。
私の頭の中に有った温泉に入る選択肢はこの時点で吹っ飛んでいたのだが、私にはGSX−Rで走る秋田市まで150kmのタンデム走行が待っていた。先に話した前回のタンデム走行は300km以上の距離が有ったのだが、その殆どが高速道で信号のGO・STOPが無い一定速度の走行は、ブレーキを掛ける頻度も少なく苦労する事は無かった。
しかし今回の状況は全く違っており、私にはヘアーピンカーブが連続する八幡平を下るという難題が待ち受けていた。シートは滑り易くピリオンライダーが掴まる所も無い状態での走行であり、私は不安に駆られていた。
愛人を藤七温泉の二輪置き場に移動し体制を整えた我々は、次の休憩地点茶たての清水へ向かって走り出す。私が緊張感に包まれつつギヤを1速に入れクラッチを繋ぐと・・・クラッチはジィージィーと悲鳴(まだクラッチを直していませんでした)を上げる。
何とか発進したものの温泉を出ると直ぐに急なヘアーピンカーブが連続する上りで、おまけに路面はガタガタ、私は2速ギヤのままで静々と峠の駐車場を目指した。
樹海ラインがアスピーデラインに交わるT字路には一時停止の看板が立っているのだが、幸いにも車が来ていない事が確認出来たので、徐行で通過(発進動作をしたくない)してしまいました。秋田県側に入って西へ向かって走り始めると、傾き始めた太陽の光が正面から差し込み、眩しくて前が良く見えない状況に・・・。
私の使用しているヘルメット SHOEI X-TWELVE の良い所は、こんな時窓の上端部が陽射しを遮るサンバイザーの役目をしてくれるところで、上側の視界が広い Arai ではこうはいかない。しかし、伏せたレーシングポジションを取った時は Arai の方が視界が広く、前が良く見える長所を持っている。
各ヘルメットに一長一短が有る訳だが、私の場合主目的がツーリング使用なのでシールドの脱着の容易さ等も含め最近は SHOEI派 になっている。しかし、私の頭に合ったフィット感と視界の広さは Arai で、 レースで使うなら絶対 Arai かな・・・。
アスピーデラインの最高地点に在る大深沢展望台からは、晴天の下遠くに鳥海山が見える大パノラマが広がっていた?(記憶が定かでない)が私にその景観を楽しむ余裕は無く、迫り来る下りの連続ヘアーピンカーブ(12ヵ所)の事で頭はいっぱいだった。
最初のヘアーピンカーブは当然ゆっくりなスピードで侵入したのだが、いつものように前後のブレーキを使って減速すると一気に後ろからのブレッシャーが・・・。
このプレッシャーを如何にして軽減するか、私は減速方法を色々変えながら対処法の試行錯誤を行っていくと、12ヵ所のヘアーピンカーブを走り切る頃にはそれなりの対処法が分かってきた。その方法とは、進入の減速はエンジンブレーキを主に使用し微調整はリヤブレーキを使用する走り方で、フロントブレーキは出来るだけ使わない事が後ろからのプレッシャーを軽減する方法だった。
フロントブレーキを掛けると後ろからのプレッシャーが増加するのは、フロントブレーキでフロントサスが沈み減速Gだけでなくノーズダイブに伴う下向きのGが後ろのライダーに加算される為のようである。
当然、後ろのピリオンライダーも前へのプレッシャーを軽減すべく色々な取り組みを行っていたようで、アスピーデラインから国道341号に左折する頃には我々の走りは大分スムーズになっていた。
ここから先 茶たての清水 までの道を私が大好物にしている事はこれまでレポートに何回も書いているが、タンデムで走っても楽しめるものなのか・・・? 私は下りから上りに変わった道へスロットルを開ける。
下りと違い上りでは重力が慣性力にマイナスに働き、スロットルを戻しただけでバイクは大きく減速する。その分コーナー進入時のブレーキングを軽減できて、ピッチングモーシンが少ない(後ろからのプレッシャーが少ない)よりスムーズなコーナーリングが可能となり、ペースは下りに比べ格段にアップする。
|
この先事故多発地点です |
|
そんな感じで私が調子に乗ってきた頃、中の沢に掛かる赤い橋を渡りながら右に曲がるコーナーの先右側のスペースにバイクが2台停まっているのが見えた。この道でこんな時間にバイクと出会う事は稀で オヤッ と思ったのだが、その先で赤く光る物がクルクルと回っていた。
それは1台のパンダカーだったのだが、その傍に立つユフォームを着た男性1名が我々に視線を送って来る。タンデムですし、橋の深い右コーナーを抜けた所でしたので、私は臆する事無くゆっくりとその横を通過、その先に在る覆道の中に入って行く。
この覆道は我々の方向からは上りのキツイ左コーナー(反対方向からは下りのキツイ右コーナー)になっているのだが、覆道の中に入ると右車線に搬送車が止まっていて、フロントフォークがへちゃげたバイク(アメリカン系?)の積み込み作業中を行っていた。
そのバイクのライダーらしき姿は見えなかったが、搬送車が来ている位ですから事故から暫く時間が経っている筈で、ライダーはとっくに救急車で花輪の病院に運ばれた後だったかもしれません。この場所には花輪から救急車と警察が駆けつけるのですが、結構時間が掛かる(30分位?)んですよね・・・?
私は以前にもこの同じ場所でこれと同じ状況に遭遇した事が有りまして、その時のバイクもアメリカン系だったよう気がする。この覆道はバイクにとっては本当に鬼門で、もし私がカーナビのプログラマーだったら絶対
「 この先事故多発地点です。 」 とアナウンスさせますね・・・。
この地域を管轄する鹿角警察署内では、この覆道はバイク事故が多い場所として有名なのだが、何で私がそんな情報を持っているかというと、それは以前鹿角警察署員と膝を交えてお話した事が有るとだけ言っておきます。
何故この覆道で事故が多いのかを、私なりに考察してみたいと思います。
先ず事故の殆どが我々と反対方向で起きています。先ほども書きましたが反対方向から来ますと、この覆道は長い下りの直線(厳密には緩く左に曲がっているが殆ど直線に感じる)の先に在って、覆道の中は結構な急坂でそして急な右カーブになっている。
ライダーは長い直線の下りでスピードがのった状態で覆道に進入してしまいがちなのですが、覆道の中は暗いですから中で急な右カーブになっている事が分かり難いスチエ―ションになっている。この覆道が入口から右にカーブしていれば、ライダーは手前で減速し覆道に入ると思うのですが、覆道に入って20〜30m?直進してから急に右に曲っていますので、気付いた時はもう遅い?状態に至ると思われます。
それでもハンドリングが軽くブレーキの効くバイクでしたら対応は充分可能かと思うのですが、下り坂でも有りブレーキの効きが比較的甘いアメリカン系のバイクの場合、減速し切れずに外側のガードレールに張り付く確率が高いのかもしれません。
バイクの種類がどうこうと云うよりも、一番の事故要因はライダーのスキルの問題なんでしょうけどね・・・?
この覆道は、ライダーにとって良く出来たトラップとなっていいますので、ここを通るライダーは充分にご注意下さい。
このような覆道やトンネルのように先が読み難い場所に進入する時は、スピードを充分に落としゆっくりと進入する事が基本で、臆病なライディングが自分の身を守る事になるのです。
私は回収作業を横目で見ながら覆道を抜け、思い出深い直線(厳密には緩く右に曲がっているが殆ど直線に感じる)に向かって加速、大場谷地に上がって行く。
大場谷地を過ぎると道は暫く下りに転じ(大場谷地が米代川系と雄物川系の分水嶺になっている)また緊張する走行が続く。玉川温泉を過ぎ蛇腹シェルターを抜けて新玉川温泉入口を通過、幾つかの覆道を抜けた所でまた搬送車がバイクを積み込んでいた。
今度はバイクの外観にダメージは無いように見えたので我々同様車両故障の可能性が高いが、我々を含め今日はライダーにとって厄日のようある。
急な下りが終了し玉川沿いの道に出る。ここから先茶たての清水までは特に危ない所も無ので、私はZZR250を前に出して自分のペースで走ってもらう事にした。ZZR250は視界から消えてゆき私はその後を追ったのだが、茶たての清水までその後ろ姿を見る事は無かったですね・・・。
新鳩の湯温泉(廃業して久しいが、営業していた当時良く利用させてもらった身としては、通る度に建物が崩れていっているのを見るのは悲しいですね・・・)前を通過、いよいよ宝仙湖沿いのスベシャルステージの始まりである。今日の宝仙湖は車が殆ど走っておらずこれ以上無いという環境で有ったのだが、残念な事に私はタンデム走行でした・・・。
それでも後ろのプレッシャーを出来るだけ受けないように工夫して少しペースを上げてみたのだが、後ろの生命を預かっている身としては無理は出来ず、楽しむまではいきませんでした。それに付けても、今日の宝仙湖は最高のコンディションだったなぁ・・・。 勿体無いお化けが出そうな位、クリアー でした・・・。
それでも車がいない分ブレーキを掛ける機会も少なく、タンデムで走るには楽でしたけど・・・。
我々は陽が傾き地面に長く影を落す 茶たての清水 パーキングにバイクを停め休憩を取る。
|
初体験? |
|
私はいつものように500mlペットボトルのお茶を飲み干し、それに茶たての清水を汲に行く。それはペットボトルに入れて持ち帰った水でコーヒーを入れる為なのだが、茶たての清水で入れたコーヒー(インスタントのコールドブレンドですけど)は水道水とは何か違うですよね・・・。
今回の愛人放置プレイで急遽TZR250Rに乗る事になったZZR1100だったが、初めて体験した250cc2サイクルの走りに上機嫌だった。これまで2サイクルのバイクに殆ど乗った事がなかった彼は、2サイクル250スポーツの軽快さとブレーキの効きそして2サイクル特有の吹け上がりに感動したようで、山の上に置いて来た愛人の事を一時忘れ?大いに走りを楽しんでいたようです。
今日の宝仙湖スペシャルステージを一番楽しんだのは、彼だったかもしれません・・・。
とはいえ、彼にはこれから愛人救出という大事な大事なミッションが待ち受けておりましたので、それはこれからの長い長い時間に対する神様のささやかなご褒美だったのかもしれません・・・。
|

茶たての清水到着 陽は大分傾いたが、今の時期7時頃まで明るいので真っ暗らになる前に秋田に到着出来そうである。
|
|
愛人救出大作戦 |
|
休憩を終えた我々は、秋田市を目指して走り出す。日曜日の夕方とあって国道46号は秋田市方面に帰る車で結構混んでおり、我々は車の後に着いてゆったりと走る。協和から広域農道に入っも殆ど追い越しもせず、静かに車の後で過ごしておりました。
そころが、広域農道が岩見三内へ向かう道と交わる交差点に信号が有りまして、その信号に数台の車の列が出来ていた。私は出来るだけ止まりたくない(足を着きたくない)ので手前からスピードを落として速度を調整していたのですが、信号が青に変わって車が動く出すと思ったら車が私の予想に反して車が動き出さないぃ・・・!?
このままだと衝突してしまうと私は ギュゥー っとブレーキを少し強く掛けてしまったのだが、その瞬間私の背中に大きなプレッシャーが・・・!
後ろに乗るTZRは、シートの後ろ側に有る出っ張りを持って体を支えていたらしいのだが、強いブレーキで体が一気に前に傾いてシートの後ろを持ち上げる形になり、シート後端のフック(外れないように車体の穴に嵌っている)が変形(カウル用なので強度不足)し外れてしまったようだ。
このままではシートがガタガタするので、バイクを路肩に止めリヤシートを嵌め直す事にしのだが、フックの強度が不足している事は分かっていたが、こんなに簡単に外れるとは・・・。ここまで急ブレーキを掛ける状況が無くて本当に良かったです。
今回は小型バッグ用のセッティングプレート(シートカウル用のフックを使用)でしたけど、北海道に行く時等に使用するタンデムシートベースのセッティングプレートでしたら何の問題も無かったんですけどねぇ・・・。
今回は想定外のタンデム走行となりましたが、こういう場面も考えこれからは最低2台のタンデム可能なバイクを考えておかないと駄目なのかな・・・。
PM7:00過ぎ、我々は愛人一名を除いて何とか秋田市に帰還する事が出来たのだが、ZZR1100にとっては愛人救出大作戦の始まりだった。
先ずは、彼が軽トラの有る自宅までどう辿り着くかが問題だった。彼の家はここから50km以上離れており、交通手段としてはバスかJRが考えられたのだが、スマートフォンで検索するとバスの最終便は出た後だった。しかしJRは8時過ぎの列車が有る事が分かり、私が彼を秋田駅まで送って行く事になった。
私は秋田駅東口に彼を降ろしその後ろ姿を見送ったのだが、SHOEIのヘルメットに革パンに金属プレートが光るYELL0W
CORNジャケット、その姿は駅舎に似合っていませんでしたね・・・。
彼を秋田駅に送り届け、私の FUNKY 3rd.ツーリング は終了したのだが、彼のツーリングはまだ終わっていなかった。自宅に着いたのは10時を回っていたらしいが、軽トラに飛び乗った彼は友達を添乗員に駆り出し、愛人の下に向かったという。
愛人は逃げやしないから、寝て疲れを取って明日の朝迎えに行けば良いのではと言われたらしいが、彼の頭の中に愛人を山の中に一晩ほっておく事など考えられず、休む事もせず愛人を迎えに向かったようです。
< どんだけ愛してるんだ・・・って話ですよねぇ・・・ >
真っ暗闇の中、愛人を軽トラに乗せ家に連れ帰ったのは空が白け始めた4時半頃だったらしいです。彼は前日の午前2時半には起きていたらしいから、26時間以上起きていた(電車の中で寝た可能性は有るが・・・)事になります。
< 愛は地球を救う > と云いますが < 愛はバイクも救う > ですね・・・。
愛人に対する彼の愛情の深さを知るエピソードでした。
・・・がしかし、話はそれで終わらなかった。その日の正午前、彼は愛人を伴って店に現れ入院手続きを行ったのである。彼は30時間で1000km以上の距離を走破(軽トラの走行距離を含む)した事になるのだが、何というスタミナの持ち主なのだろう。 恐れ入りました。
これで彼の FUNKY 3rd..ツーリング は終了となったのですが、この The Longest day は彼の愛人日記に永遠に記録される事でしょう。
|
 |
今日は色々有りましたが帰還する事が出起案した。
右端の彼が愛人を救出して家に戻ったのはAM4:30頃だそうで、その後愛人の入院に伴なって店に現れたのは正午前でした・・・!? |
END
|
|
|
|